[ShimaSen] いつかの手料理を、今夜
Author: おーが
Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16687933
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sm side
「んと...ここよな、うん」
スマホに表示されるマップを頼りに歩いて十数分。日が落ち始めるような時間にたどり着いたのは、事前に調べに調べて楽しみにしていた宿。ネットの情報によれば、最高の温泉と美味しい料理が待っているとか。旅行の醍醐味といったらやっぱりこれやもんな。
課題まみれの日々の大学生活とブラックといっても過言ではないバイトに揉まれてストレスが溜まってた俺は、年末に自分へのご褒美として一人でふらっと旅行に来ていた。たったの一泊二日やけど。
目の前の建物は外から見るとあまり大きくなく、どこか隠れ家のような雰囲気を感じさせる。普段いる土地とは違ったその感じに年甲斐もなく心を踊らせて、音を立てて扉を開いた。
「あの~、」
「あら、いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。お客様の名前をお伺い出来ますか?」
「予約した月崎です」
「ありがとうございます。月崎様、こちらで少々お待ちください」
着物で迎えてくれた女の人に通されたのは、ふかふかの椅子があるオープンスペース。ありがたく座らせてもらってぐるっと辺りを見回せば、和の雰囲気溢れる壁や床、旅館の施設案内版が目に入って、旅行に来たことを実感してテンションが更に上がる。
「お待たせいたしました。お疲れのところ申し訳ございませんが、お宿帳にご記入をお願い致します」
「はい」
持ってきてくれた宿帳に名前や住所など簡単な情報を書いて渡せば、いよいよ部屋に案内してくれるようで。
「こちらの担当のものがご案内致しますので、少々お待ちください」
再び一人になってぼーっと辺りを眺めていれば、一分もしないでぱたぱたと足音が聞こえてくる。その方向に体を向ければ、そこには綺麗な顔をした背の高い美人さんが立っていた。衝撃で固まる俺をよそに丁寧なお辞儀をしたその人が口を開く。
「折原です、月崎様の担当を務めさせていただきます」
「お願い、します...」
合わせられた透き通るような目はシトリンと同じ色をしていて、金髪も全く痛んでいる様子はない。切れ長でまつ毛の長いその目とぽってりとした赤い唇に、思わず目がいった。
一瞬本気で女性だと勘違いしかけたけれど、迎えてくれた人が着ていたような着物ではなく作務衣を身に着けていて、自分と同じ男性だと気が付く。よく見れば、俺より10cmくらい背も高いし。...そこ、志麻が低すぎるだけとか言わない。
彼が着ている暗めの色の作務衣は、真っ白な肌の彼によく似合っている。
こんな綺麗な男性の方なんているんや、と驚くと同時に、ちょっとイケナイ気持ちも湧いてきちゃったり。
(やばい、めちゃくちゃタイプなんやけど...)
営業用だと分かっている微笑みも、いちいちドキッとしてしまって。
...折原さん、やっけ。先ほど、男性にしては少し高めの綺麗な声で紡がれたその名前を、心の中でもう一度呼ぶ。
思わぬ所で使われている自分の運の良さに、こっそりとガッツポーズをした。
「お荷物、お持ちいたします」
「あー、これ結構重いし、自分で運びます。リュックだけやし」
「ふふ、大丈夫ですよ?こう見えても結構鍛えてますから」
そう笑う折原さんは、筋肉をアピールするように腕を曲げるけど、華奢な体にはどうも似合わない。...ただただ、かわいいなって、思った。
それでも流石、仲居として働き慣れているからか、まぁまぁな重さのリュックをひょいっと持ち上げる。その優しさに甘えて手ぶらの状態のまま、部屋まで案内してくれる折原さんの横を歩いた。
「こちらが月崎様のお部屋となります」
「うわ、、!...すっご、」
開けてくれたドアから部屋に入れば、一面に広がる畳の匂いと襖、そして何より窓の外に広がる景色。ちょうど時間的に眩しいオレンジの空が、遠くの方にそびえる山々と良く調和していて、思わずほぅ、、、と声が漏れた。
ちょっと奮発して高めの部屋にした自分、天才やったわ。こんないい部屋泊まるの初めてやし。しかも一人で。
ついつい折原さんがいることを忘れて、テンションが上がってしまった。
「ふふ、お気に召していただけたでしょうか?」
「あっ...すみません、想像の何倍も素敵な部屋だったので」
「いえいえ、そう言っていただけてとっても嬉しいです。ではお部屋と施設のご案内させていただきますね?」
そういって手渡してくれた紙には、旅館内の地図と、夕食と朝食のお品書きが書かれていた。
地図から分かる大きな温泉と豪華な食事に、この後のことを考えて胸を膨らませる。
「まず、浴衣はそこのクローゼットに_______」
耳にすっと入ってくる折原さんの声に心地よさを覚えながら、改めてこの旅館にした自分を褒め称えた。
「...で、温泉は先ほど伝えた清掃時間以外は常に空いてますので。ご自由に入ってください」
「はい、わかりました」
「夕食は何時ごろお持ちしますか?」
「あー、、、温泉先入ろうと思うので、七時過ぎにお願いしていいですか?」
「はい、かしこまりました」
一通りの説明が終わって、自然と話が雑談の方に流れていく。
「...めちゃくちゃ素敵な旅館ですね、ここ。こっちの方初めてきたんやけど、綺麗でびっくりしました」
「月崎様はどちらからお越しになられたんですか?」
「あ、東京の方です。実家は西の方なんやけど」
「関西弁ですもんね。センラとお揃いや」
「センラ?」
「あっ...」
やっちゃった、なんて片手で口を覆って顔を青くする折原さん。きっと聞かれたくなかった言葉なのだろうけど、これはもしかしたらチャンスなのでは?
「センラ、ってお名前なん?」
「...すみません、失礼しました」
「嫌やったら言わなくてもええんやけど...学生やったりします?」
「...はい、大学生です。ここは親戚の旅館なので、こうやって休みの時とか手伝いに来てて、」
やっぱり学生やったんや。綺麗で大人っぽいけど、どこか幼いような彼は、俺と同じ大学生だと聞いて納得がいった。
「何年生とか、」
「まだ一年です」
「一年生...」
わんちゃん同い年かと思っていたが、どうやら目の前の人は、俺よりも二歳年下のようで。
成人もまだしてないことを考えると、急に折原さんに親近感を感じると共により一層可愛く見えた。
「すみません。バイトとはいえ、きちんと月崎様の担当は務めさせていただきますので、」
「...あの、よかったらなんやけど、」
「...?」
「月崎様っての、やめてくれたりとか...」
「え、、?」
「いやっ、!その、歳近いわけやし、、客とか関係なくせっかくやから仲良くなれたらなって思ったんやけど...いやごめっ、変な事言った、」
「...ふふ、」
勇気を出して口にした頼み事。咄嗟に言ってしまったけれどよく考えたらめちゃくちゃ変な人で、急いで撤回しようと顔を上げると、折原さんはくすくすと上品に笑っていた。
「、、へ、」
「あぁすみません。ご自身でおっしゃったのに、あまりにも焦ってらっしゃるから、つい」
「...!」
少しいたずらな笑顔を見せる折原さんに、また可愛いなんて思ってしまった。
「...センラでよければ。よろしくお願いします。自己紹介でもします?」
「ほんま!?俺、月崎志麻。大学三年生。志麻って呼んでくれると嬉しい」
「志麻、くん。俺は、折原センラっていいます。まぁさっき言っちゃったから、バレてると思いますけど」
「ん。敬語も外してくれると嬉しいんやけど、、だめ?」
「わかりまし...わかった。志麻くん、よろしくな」
「センラ、よろしく」
自分に出来る精一杯の笑顔で微笑めば、センラはどこか動揺したような、曖昧な表情を見せた気がした。でもすぐにこちらに微笑み返してくれたし、きっと気のせい。
「じゃあセンラ行くな。また食事の時に。温泉楽しんでや、ごゆっくり~」
「おー、また後でな」
センラが出ていった部屋の中で一人、畳の上に座る。誰も見ていないのをいいことに、大きな溜め息を吐いて顔を覆った。知らない人が見たらただの変人。
確かに言い出したのは自分だけど、まさかこんなに早くセンラとお近づきになれるとは思わんかった。言ってみるもんやな。
志麻くん、と自分の名前を呼んでくれる彼を思い出して口元が緩む。
(...はよ、食事の時間にならんかな。)
気を紛らわすためにクローゼットを開いて、そこに置かれた浴衣を取り出す。とりあえず温泉に行こうと、さっさと準備を済ませて部屋を出た。
一番楽しみにしていたはず温泉も、いつの間にか彼に再び会うまでの時間つぶしになりそうやな、なんて考えながら。
広い温泉とそこから見える景色を堪能した後は、部屋に戻って時計を眺めるばかり。スマホを開いてみても、時間の進みは遅くて。
ようやくコンコン、とノックされた音に一瞬で反応して、すぐさま立ち上がる。
扉を開ければ、そこにはカートに食事を乗せたセンラがいた。
「お食事お持ち致しました。入って大丈夫?」
「うん、ありがと」
手伝おうと思ったけれど、志麻くんは座ってて、とやんわり手で制されたので、大人しく座布団の上に座ってテーブルの前で食事が運ばれるのを待つ。今日は一日中移動や観光で歩き回っていたせいでお腹と背中は今にもくっついてしまいそうで、ついそわそわしてしまう。
順番に運ばれる一品一品をじっくりと眺めながら、先ほど渡された紙に書いてあったお品書きを思い出す。
鯛が混ぜ込まれた炊き込みご飯に、汁の透き通ったお吸い物。箸がすっと通りそうな大根と鶏肉の煮物に、一人用の鍋で今もぐつぐつと小気味いい音を立てるすき焼き。新鮮なお刺身に、立派なカニ、揚げたての天ぷらまで付いてくる。お、オクラもあるやん、やった。
早く食べたい、という気持ちが顔に出過ぎていたのか、配膳途中のセンラに食べてええよ?と笑われる。まじ!?と言いたい気持ちをぐっと抑えて、テキパキと手を動かすセンラを眺めた。
「...よし!お待たせしました!」
「すっごぉ...めちゃくちゃ豪華やん...ありがとな」
「いえいえ!お仕事やもん。うちの自慢のご飯、ぜひ味わってや」
どや、と一仕事やりきった顔をしたセンラは、あ、とこちらを向く。
「大事なこと忘れてたわ。志麻くん、お酒飲むって事やったよね、確か。ちゃんとええの用意してあるんやで~!まぁ俺は未成年やし飲んだことないけど」
じゃーん!と両手で見せてくれたビールは、ここでしか飲めないクラフトビール。これこれ、これが飲みたかったんよな。
キンキンに冷えたそれを見て、思わずごくっと喉が鳴った。
「お注ぎ致します~」
「まじぃ?」
え、美人さんにお酒、注いでもらっちゃったんやけど。...やばない?この酒、絶対うまい。
なんか考えてること、おっさんみたいやな俺。
「じゃあ...いただきます!」
「ふふ、めしあがれ~!」
両手を合わせた後は、早速グラスの端に口をつけて、ぐいっと一気にビールを喉に流し込む。程よい苦みの冷たいそれが温泉上がりで火照った体に染み渡り、つい声が漏れた。
「...うまぁ...しぬ、、、これのために生きてた、、、」
「あはは、放心状態になってもうてるやん」
「あっ、料理も!食べていい?」
「もちろん。全部志麻くんのやで」
どれから手を付けるか迷いに迷って選んだのは、ホカホカと湯気を立てる天ぷら達。大好物のオクラは後のお楽しみにもうちょっと取って置くとして、エビの天ぷらを箸でつかむ。天つゆも捨てがたいけれど、ここはちょん、と塩を付けて、贅沢に大きな口を開けていただく。
カラッと揚がったそれを口に入れた瞬間、自分の目が無意識に見開かれたのが分かった。
「...!!!ん~~!うまぁ!え、なにこれ、やば、」
「ほんまぁ?よかったぁ」
プリっプリのエビにさくっと軽い衣の相性が抜群で、思わず口にまだ入ってる状態のまま喋りだすところやった。ほんまにそれくらい衝撃で。
ご飯が美味しいとは聞いていたけど、実際に食べるとその感動は想像していたものとは比べ物にならない。
熱々のえび天を堪能したあとは、綺麗なお皿に乗ったお刺身の盛り合わせにロックオン。これまた迷うほど種類があるけど、とりあえず目についたホタテにわさびを乗っけて、醤油をつけていただく。
ホタテ特有の濃厚な甘味にうっとりとし、衝動的にビールの入ったグラスを掴む。ごきゅごきゅなんて音が似合う、豪快な飲み方。一つ口からなくなればまた次、と、今度は種類を変えて。どれも新鮮だということは素人の自分にも分かった。
ほんとに美味いお刺身って凄いんやな。明日から、スーパーのやつ食べられなくなっちゃいそう。
もっと食べてや、とか、これも美味しいで、とか。ほわほわした笑顔で料理の説明をしてくれるセンラに乗せられて、俺の箸もビールに伸びる手も止まらない。
「ん、これ...」
「...?なんかあった、?」
「いや、めちゃくちゃ美味しいなって思って。いや、もちろん他のもすごい美味しいんやけど」
その時口にしていたのは、ホロホロの鶏肉と柔らかい大根の煮物。しっかりと味の染みた大根とお肉を口に運ぶたび、どこかあたたかい気持ちになって。個人的に一番好き。
べた褒めしながらずっとそればかり食べていると、センラから反応がないことに気が付く。さっきまで、俺の一言一言に嬉しそうに返事してくれていたのに。
「...センラ?」
「っ、うぅ~~~、、」
「えっ、どうしたん顔赤いやん!熱ある、?具合悪い、?」
「ちがう、違うんやけど、、、!」
「えええ...なぁにどーしたん」
「...志麻くんが食べてるそれ、センラが作ったやつ...」
「え、これ???」
目線を手元のお皿とセンラとの間で行き来させれば、より赤くなるセンラの顔。料理より湯気出てそうやな、なんて。
「あっ、でも、作ったっていうか、手伝ったのとほぼ変わらんのやけど...人出足りんかったみたいで、でもほら、ちょっと切って、調味料入れて、煮込んだだけやし」
「いや全部やん」
「う"っ...」
図星を突かれた、と気まずそうにするセンラとは正反対に、にやけが止まらなくなっていく俺の顔。
「これ、センラが作ったんや。ほんま美味しい、天才。料理も上手なんや、すごいなぁ」
「も、いいから、」
「なんでや。せっかく大好きやなぁずっと食べてたいなぁって思ったんやから、感想くらい言わせてや?」
「...あり、がと、」
「んふ、センラが作ったからこんなに美味しく感じるんやな、きっと」
「こんなん誰でも作れるんに...褒め過ぎや、志麻くん」
照れながらもお礼を言うセンラに、つい意地悪心が湧く。
次の瞬間、この空気に耐えられなくなったのか、センラが立ち上がってしまった。
「またあとで食器とか取りに来るから!ゆっくり食べてな!」
「あっ、」
引き留める前に、センラはパタパタと部屋を出て行ってしまって。
でもまぁ、可愛いセンラ見れたしいっか。
...またあとで、ゆっくり褒め倒してもええしな。
晩御飯の一品ってことは、俺だけやなくて他のやつも今頃これ食べてるんやろか。
てことは、俺が褒めなくても、たまたまここに泊まってる他の客が美味しいねって褒めたとしたら、さっきみたいな照れ顔見せるんかな。
「...ふーん、」
そんなことを考えながら口に入れた煮物の最後の一口は、やっぱりホッとする味がした。
「ん...いまなんじ...」
ふと目が覚めたらまだ真っ暗で、でもすぐそれが自分の顔にかかってる布団のせいだと気付く。まだ寝ていたい気持ちに逆らおうとそれを思い切ってバサッと剥ぎ取れば、冬の冷たい空気が肌に当たるのを感じて、寝ぼけ気味だった所から意識がはっきりとしてくる。
頭の上の方に置いといたスマホを手探りで探し出して画面を付ければ、7:15と表示されている。いつも大学に行くために起きる時間よりもずっと早い時間。どうりで寝足りないわけや。
(七時か、、、、あれ、)
『明日の朝食は何時に持ってくる?』
『何時からできるんやっけ』
『一番早くて七時』
『あー、なら七時半でお願いしようかな』
『了解!じゃあまた明日な、おやすみ~』
昨日美味しいご飯をお腹が膨れるまでいただいた後、食器を下げて布団を敷くために再び部屋に来てくれたときに交わした会話が頭の中で再生される。
「...七時!?!?!?いやもう十五分やし!!やっば、」
あと十五分でセンラが来てしまうのに、寝起きの顔のまま出迎えるのはまずい。
浴衣なのはいいとして、顔を洗って寝癖を直すくらいはしないと。きっと客のそんな姿なんて見慣れていそうやけど、俺のだらしない姿をセンラに見せるわけにはいかない。
超特急で洗面所に急いで、なんとか軽い準備を終わらせたのと扉の方からノックの音が聞こえたのはほとんど同時だった。
「...はぁ、はぁ、おはよ、」
「おはよう志麻くん。...なんか疲れてへん?眠れんかった?」
「いや、気にせんといて...めちゃくちゃ爆睡した、寝心地最強やったわ」
「そ?ならええけど」
誤魔化すことに成功出来たかは分からないが、とりあえずセンラに寝癖まみれの頭を晒すことは防げてよかった。なんでよりによって今日、あんな取れにくいやつやったんや...
「はい、お待ちかねの朝ごはんやで」
「やった~~~~!朝から贅沢やわ、ほんま」
「ふふ、そんな風に言ってもらえると嬉しいわぁ」
昨日と同じく、席について大人しく食事を運んでくれるのを待つ。
目の前に置かれたお盆には、朝ごはんの定番と言えるような料理たちが綺麗に盛り付けられていた。
「今日はセンラが作ったやつはないん?」
「もう!だから昨日が特別で、普段は仲居の仕事しかやってないんやって!何回言わせんねん...」
「ふは、ごめんて。でも志麻、またセンラの作る料理食べたいんやけど...次は俺のために作ってくれたりせん?」
「...いつかな、」
拗ねちゃったのか、フイっとそっぽを向く彼に申し訳ないけど声を漏らして笑ってしまう。
...いつか、なんて。連絡先さえ知らないのにな。聞けばいいだけなのはわかってるんやけど、どこか言い出せなくて。
それでも、ここにいる間...あと2時間くらいの間は、彼と繋がりがあるから。余計なことは考えないで、今この瞬間がええよな、と無理やり自分を納得させた。
「...食べてええ?めちゃくちゃお腹鳴りそうなんよね、今」
「え...?あっ、ごめん、どーぞ食べて!てか別に、センラに許可とか取らんくてええのに、」
「いただきまーす」
まずは、目の前で湯気を立てている熱々の味噌汁から。見たところ、中の具はかぼちゃと豆腐とネギ。左手でお茶碗を持って口元に運ぶと、味噌の匂いがふわっと香り食欲を掻き立てる。音を極力立てないようにそっと汁をすすれば、汁に染みだしているかぼちゃの甘みが口いっぱいに広がった。
そのままの勢いで、次はふわふわの出汁巻き卵に手を付ける。食べやすいようにすでにカットされているそれを一口で。うん、うっま。
「俺、旅館で食べる朝ごはんめっちゃ好きなんよね。なんか、朝ごはんって感じするやん」
「っふ、なに言うてんの。...でも、ちょっとわかるかも」
「せやろ~?」
次は焼鮭の身を箸でほぐして、それをご飯と一緒に口に入れる。ちょっぴりちょっぱめの鮭がこれまたホカホカの白米とよく合って。勢いよく口に入れるにはまだ少し熱めなのも気にせず、はふはふとそれに耐えながら食べるのが最高。
がっつく俺を見てセンラは喉に詰まらせないでなって心配そうな声を出したけれど、その顔は嬉しそうだった。
昨日の晩御飯と同じく自分の期待を大幅に上回ってくるクオリティに朝から箸が止まらず、気付いたら目の前にあった料理は綺麗さっぱり、米一粒も残すことなく全て俺の胃の中に消えていた。
お腹がいっぱいでぼーっとしているところにセンラがあったかいお茶を淹れてくれて、ありがたくいただく。部屋の壁にかけてある時計をちらっと見れば、もう八時になりかけていることに気が付く。
センラも同じ方に目線をやったと思えば、こちらを向いて首をかしげてくる。
仕草がいちいちあざといのは多分無意識なんやろうな。
「今日はこの後志麻くんなにするん?十時前にチェックアウトの予定やなかったっけ」
「あー、そうなんやけど、実はあんまり何するか決めてないんよね...行きたいとこは昨日行っちゃったし、この辺のこと全然分からんし」
一人やから自分で全部決められるのはいいけど、やっぱりちょっと寂しかったりもするよなぁ、なんて、特に何も考えずぽろっとこぼした。
まさかそれが、自分に今年最大といっても過言ではないレベルに幸運な出来事をもたらしてくれるとも知らずに。
「ふーん...あ!ええこと思いついた。もしよかったらなんやけど、この後センラと___」
...俺の聞き間違いじゃなかったよな。ここで妄想だったとか言われたら志麻、泣いちゃうんやけど。
無事に旅館のチェックアウトを終えて、今はその入口近くに一人、ポツンと突っ立っている。チラチラと腕時計を何度も確認してしまって、道行く人達からはちょっと怪しいやつだと思われてるかもしれない。
きっと実際に経ったのは数分だけど、体感ではもう一時間くらい過ぎていて。少し不安になりかけていたところに聞こえたのは、待ち望んでいた人の声。
「志麻くん、お待たせ!ごめん、思ったより準備に時間かかっちゃって...」
「お疲れ、センラ。全然待ってないし大丈夫やで。もう行ける?」
「うん、ばっちりやで!行こ!」
自分で言った後気が付いたけど、なんかデート前のカップルみたいな会話やな...なんて都合のいいことを考える。
...ま、デートなのはあながち間違ってないって思ってるけど。
『____この後センラと出かけん?志麻くんの担当終わったらバイト上がりなんよ。俺この辺り詳しいから、案内も出来るはずやし...どう?』
そんな魅力的なお誘いを断る理由なんて1つもなく、速攻でもげるかと思うほど首を縦に振った。
そんなこんなで、俺は今日、好意を寄せている仲居さんとの「2人でお出かけ」権を手に入れてしまったのである。
(...それにしても、)
目の前に立つセンラを、上から下までまじまじと見てしまう。
自分では到底着れないような真っ白なニットに、黒のスキニー。...脚、ほっそ。
ブラウンのロングコートを羽織り、足元にはカチッとした黒のショートブーツ。首周りには、さっきまでしてなかったシルバーのネックレスがかかっていて。
シンプルだけど、身長も高くてスタイルのいいセンラによく似合っている。
昨日からずっと見てきた作務衣姿も可愛かったけれど、私服もなんかこう、クるものがあって。
「...志麻くん?」
「いや、センラおしゃれやなぁって」
「...!もう、褒めてもなんもでんよ」
「ふは、本音なんやけどなぁ」
「...志麻くんも、かっこええね」
「!?」
「昨日からずっと思ってたけど、イケメンさんよなほんま。センラ、隣並ぶの恥ずかしいわぁ」
「なに言ってるん。センラめちゃくちゃ別嬪さんやんか」
「へっ...」
「...これも本音やで」
嘘なんて、さっきから一言もついてない。むしろ言い足りないくらいや。
そんな気持ちを込めてじっとセンラの目を見つめる。その綺麗な瞳は揺れていて、少しの動揺が見て取れた。
ありがと、なんて目線を逸らしてぶっきらぼうに言うセンラの耳が赤くなっているのを確認したらなんだか満足して。これ以上この話題は広げなかった。
2人の間に広がった空気を書き消すためか、センラが急に大きな声をあげる。
「...よしっ!志麻くん、出発や!急がんと時間なくなっちゃうで!」
「...っふ、まだ新幹線まで時間あるんに...なんでセンラの方が俺よりテンション上がってんねん、おもろ」
「だって楽しみなんやもん~!地元やと、場所のことはよく知っててもじっくり観光することなんて滅多にないやんか!」
何する?何する?って興奮に満ちた声で俺に問いかけてくるセンラは、仲居として働くしっかり者のセンラとは違ってどこか子どもみたいな雰囲気を感じさせる。また新しい彼の一面を知ってしまった。
まだ何をするかも決まってないのに、目の前の彼のテンションに釣られてワクワクが止まらない。
「センラ、志麻、せっかくなら食べ歩きしたいなって思うんやけど。この辺、そーゆーのある?」
「めちゃくちゃあるけど、まだ食べるん...?志麻くん、食いしん坊さんや」
「えーやろ別に!美味しいご飯は最強なんやで?」
「んふ、知ってる」
つんつん、ぷにぷに、と俺のお腹を人差し指でつついてくるセンラ。なにすんねん、って言いたくなるけど、ちょっといたずらな表情が可愛くて何も言えずされるがまま。...あざとい子や、まったく。
ある程度やったら満足したのかすぐ手は離れたけど。
「あっちの方に有名なお店いっぱいあるで!行こ!」
俺が反応する前に歩き出したセンラに小走りで追いついて、二人並んで人が集まってそうなエリアへと足を進める。俺にとっては運命同然の出会いを果たさせてくれた旅館には、きちんと心の中で礼を言って、その場を離れた。
「センラ!お願い!!!」
「えー...恥ずかしいやんかぁ。志麻くんはいいけど、センラはやばいって、絶対」
「そんなことない!なんでもするからぁ!!」
「じゃあ諦めてや」
「それは嫌!」
とあるお店の前で、真剣な攻防戦を繰り広げる俺たち。まだ昼前だからそこまで人通りがないのをいいことに、センラに向かって手を合わせて頭を下げる。
センラはどうしても折れたくないみたいやけど、俺だって譲れない。一生に一度のチャンスかもしれないのに、逃すわけにはいかん。
これでどうにか、という思いを込めて、もう一度大きな声で自分の願いを口に出した。
「お願い!!着物、一緒に着ようやぁ!!」
最初の目的地へ向かう最中。センラによると近道だという小道を通る際に目に入ってきたのは、「着物レンタル」とでかでかと書かれた看板。この地を訪れる観光客にとって着物で街を回るのが定番なこと、すっかり頭から抜けていた。
せっかくの旅行やし滅多にないことだから着てみたい、という気持ちが無いわけではない。が、それよりも頭にすっと浮かんできたのは、センラの着物姿が見たい、というなんとも素直な欲望。
それに逆らわず足を止めて、必死になってセンラを説得するも首を横に振られ続けてしまっているというのが現状だ。
もう一押しって感じもするけど...仕方ない、奥の手使うか。
「...志麻、近いうちに大学も忙しくなるし次いつ来れるかとか分からんから。せっかくセンラとも仲良くなれたし、一緒に旅行の思い出作りたいんよ、、、だめ?」
「...それは、ずるいやん、」
「ふふ、やった」
ま、優しいセンラのことやからこんなことしなくても結局折れてくれてただろうけど。
何はともあれ、ここでセンラの着物姿を目の当たりに出来ることが確定した俺はもう興奮を抑えきれなくて。スラっとして華奢な体型のセンラに着物が似合わないはずないもんな。
彼の気が変わる前に急いで看板を掲げた建物の中に入る。
「いらっしゃいませ~!」
「あの、男性用着物のレンタルを二人分したいんですけど」
「かしこまりました!こちらへどうぞ!」
男性店員の人が通してくれた部屋には、様々な色や模様の着物が所狭しと並べられている。
「ここからお好きなものをお選びいただけます」
「色んなのあるなぁ...センラ、どーする?」
あまりの種類の多さに自分一人では決められなさそうで、隣の彼に助けを求める。でもどうやら、センラもあごに手を当てて悩んでいる様子で。
「ん~~~~、、、ダメや、決められん...」
「だよなぁ、、」
こんなに沢山あったら、決めるだけで日が暮れそうや。そんな俺たちの様子を見て困っているのを察してくれたのか、先ほどの男性が口を開いた。
「お二人様の場合、ご自身のではなくお相手様のを選ぶ、なんて方も沢山いらっしゃいますよ。なんでも自分のよりもイメージがしやすいのだとか。どうしても決めるのが難しそうであれば、それもおすすめです」
確かに、それは名案かもしれない。
センラが着物を着てくれるだけじゃなくて、それが自分が選んだやつとか...うん、控えめに言っても最高。
「ええやん!そうしようや!センラはそれでええ?」
「うん、俺志麻くんの選ぶわ」
「ええ感じの選んでな?」
「ふふ、任せとき?」
そうと決まれば話は早い。
センラに似合いそうなやつを、片っ端から見て探していく。
(この紺色おしゃれやな...いやでも、センラは明るい色の方が似合うか?)
一つ一つ、これは違う、あれは違う、なんて見ていけば、とある一つに目が留まった。
「あ、これええかも、」
手に取ったのは茶色の着物。暗すぎず明るすぎず、その大人っぽい感じが彼の雰囲気によく合っている気がした。うん、これにしよ。
手持ちの巾着袋は、それにマッチするような控えめな黄色のものを選んだ。
「センラ、俺決まったで」
「俺も決めた!はい、これ」
「ありがと。これセンラのやつ」
お互いにお互いが選んだやつを交換すれば、あとは着替えの時間。
それぞれ別の更衣室に通されて、店員さんが慣れない着付けを手伝ってくれる。
「...はい、出来ました!違和感などございますか?」
「いや、大丈夫です。ありがとうございます」
店員さんが離れて、目の前の全身鏡に映る自分の姿を眺める。
センラが俺のために選んでくれたのは黒の着物。冬だから防寒対策に羽織もついてる。シンプルなものだけど、濃いめの紫の帯も合わさって中々かっこいいと思う。私服見たときから思ってたけど、やっぱりセンラってセンスええよな。
更衣室を出て元の場所に戻ってもまだセンラはそこにいなかった。楽しみやなぁ、とスマホを触ることもなくじっと待っていれば、センラが入っていった方の更衣室の扉が開く。
「お、セン、」
「ふぅ、、あ、志麻くんもう終わってたんや!...やっぱ、イケメンさんは何着ても男前やなぁ。すっごい似合ってるで」
こちらを見て顔をぱぁっと輝かせるセンラ。ありがとう、くらい言うべきやったんやろうけど、あいにく言葉が出なかった。
(...美人にも程があるやろ。)
「...志麻くん?どーしたん?...あ、なんか想像と違った?ごめんな、せっかく選んでくれたんに」
「いや、そうじゃなくて...ちょっと、センラが綺麗でびっくりしてた」
「...バカなこと言ってないで早く行こーや」
あ、また照れた。さっきもそうなってたし、耳が赤くなるタイプなんやな、かわええ。
いいタイミングなのか悪いタイミングなのか、ちょうど店員さんが戻ってきて、センラはどこかホッとしたような表情を見せる。
「よかったら、お荷物こちらでお預かり致しますよ。ぜひこちらのロッカー、ご利用ください」
「うわ、助かります、ありがとうございます」
有難くロッカーを一つ借りて、必要なものだけが取られたパンパンのリュックを入れれば、大分身軽になる。巾着袋にスマホや財布を入れれば、もう出る準備は万全。
お会計だけ済ませて店を出て、今度こそ食べ歩きの店を目指してのんびり歩く。
「着替えたら寒いかなって思ったけど、全然そんなことないな」
「な~!むしろ結構あったかくない?羽織のおかげかもやけど」
最初は嫌がっていたセンラも、一度着てしまえば少なからずテンションが上がっているようで。
会話が弾んだと思えば、最初の目的地は案外すぐだった。
「じゃーん!ここ、練り物のお店なんやけどな?いっつも人たくさん並んでるんよ」
「そーなん?じゃあ俺ら、ラッキーやね」
二、三人他のお客さんがいるけれど、このくらいなら並ばずに買えそうだ。
トレイの上には十何種類もの練り物が種類ごとに置かれていて、どれも綺麗なきつね色。具材によって形がそれぞれ違うのもまた見ていて面白い。
「え~~めっちゃ美味そう...どれにしよ」
「全部食べたくなるよなぁ...この後のやつが入らなくなっちゃうから、それは諦めなきゃやけど」
「志麻、このまぁるい玉ねぎのやつにしよっかな。あ、いやでもチーズのやつ美味そう...いや、いいわ、玉ねぎにしよ」
「チーズにしなくてええの?」
「玉ねぎの方がヘルシーで太らない感じするやんか」
「ふふっ、この後もたくさん食べるのに、そんなとこで抵抗したって意味ないやろ」
「気持ちの問題やし!」
流石に昨日から食べ過ぎかな、と自分のお腹を触ってみる。...ちょっとポッコリしてる気がしなくもないけど...まぁ、今日ぐらい大丈夫やろ。玉ねぎやし、明日から運動するし。
「センラは?どれにするん?」
「俺はこのショウガのやつにする」
「お、ええね。そっちもうまそ」
お互い頼むものが決まれば、店員さんにそれぞれ伝えてお会計。串に刺さったそれを受け取って、店の外で立ち止まる。
「「いただきます!」」
ガブっと大きな一口を開けると柔らかい練り物に簡単に歯が沈み、手に持った玉ねぎにはその形が残る。
練り物はちょうどいい温かさで、分厚い見た目に反してふわふわのふかふか。噛んだ瞬間に伝わるすり身魚の優しい旨味に、咀嚼すればするほど玉ねぎの甘みが増すのが最高で、まぁまぁな大きさでもあっという間に食べきってしまいそう。
ほんのりとショウガの香りが鼻を通って、隣のセンラを見てみると、これまた幸せそうな表情を浮かべていた。切れ長の目が少し見開かれて、その瞳は興奮と幸福でキラキラしている。きっと、口角が思いっきり上がってるのは無意識なんやろうな。
「これめっちゃふわふわやな、志麻くん!」
「せやね、びっくりした」
...それにしても。
(こんなに可愛い顔して、美味しそうに食べるんや...楽しそ、)
旅館ではセンラが隣にいたけど、食べてるのは俺一人だけだったから。こっちから一方的に感想を伝えるんじゃなくて、美味しいねって言い合いながら食べるのは今が初めて。
つい、自分の口を動かすのを忘れてじっと見てしまった。それこそ、見とれてしまうという表現が正しいくらいに。
「...?食べへんの?」
「...センラ、めちゃくちゃ良い顔して食べるんやね。見てたらお腹減る」
「ふふ、ほんま?」
「ようやくセンラとご飯食べれて嬉しいわ」
「んー?あぁ確かに、志麻くんに配膳する側やったもんな。センラも人とご飯食べるの好きやから、めっちゃ楽しい」
...ま、俺の場合、嬉しいのは人と食べてるからやなくてセンラとやからやけど。
まだ一件目だからペロッと食べれてしまって、残ったのは串だけ。それはお店の前のゴミ箱に捨てた。
「次どこ行く?」
「あ、俺抹茶が大好物なんやけど、抹茶系のスイーツ近くにあったりせんかな」
「向こうの方にありそうやない?行ってみよ」
更に十数分ほど街並みの観光も兼ねて歩いていくと、向かい側から歩いてくる人達とすれ違う。彼らの手には、この季節にはあまり似合わないソフトクリームが握られていた。
柔らかい黄緑色は、もしかしなくてもお目当てのフレーバー。
「センラ、あれ!!」
「この辺に売ってるってことよな、、、あ、あれやない?」
センラが指差す先には、俺らみたいに着物を着た女の子たちが沢山。彼氏さんと来てる子達も多そうやな。
お店から出てくる女の子の手には先ほど見かけたソフトクリームが握られていて、この店だと確信する。店内は少し混み合っているから、男二人で入るよりは一人がまとめて買うほうがよさそう。
「俺が食べたいって言ったやつやから俺買って来るわ。センラ、何がいい?」
「ソフトクリームやなくて、ちっちゃめのやつお願いしてええ?あとは志麻くんに任せるわ」
「おっけー。ちょっと待っててな」
センラにはすぐ横にあるベンチに座っててもらって、一人店の方へ近づく。後ろを振り返ると、着物でベンチに腰かける姿はあまりにも可憐で、俺が離れてる間にその辺の奴にナンパとかされんやろか、なんて不安になる。センラ、無防備そうやからな。
(...ま、そこに漬け込んで挙げ句の果てにデートまでさせちゃってる俺なんかが言えることやないけど。)
「お、イケメンなお兄さんや、いらっしゃい!もう注文は決まってる?」
「あ、はい。抹茶ソフトと、、、あとこの抹茶アイスをカップで」
「はーい、ちょっと待っててな」
都会では中々ない気さくな雰囲気に新鮮みを感じると同時にどこか懐かしい気持ちになる。
アイスを作ってくれている間にぴったりのお金を準備して、トレイの上に置いた。
「はい、こっちが当店名物の抹茶ソフト!で、こっちがカップのやつね!お会計は...うん、ぴったり。ありがとうございま~す!」
「どうも」
「恋人さんと美味しく食べてな~」
「えっ、」
人違いかと思ったが、店員さんの目はしっかりと離れたベンチでこちらを見ているセンラを捕らえていた。
「...ありがとうございます」
俺たちの関係については肯定もせず否定もせず。そうなれたらええんやけどな、という言葉は胸の内に秘めたまま二人分の抹茶アイスを受け取って、彼の元へと急いだ。
「...センラ、お待たせ。せっかくやから抹茶のにしたんやけど、よかった?」
「志麻くんおかえり~!うん大丈夫、ありがと」
ギリギリ一人分のスペースが空いているセンラの横に腰かける。ほんの少し、肩と肩が触れ合う距離感。
俺が握るサクサクのワッフルコーンの上には、一切形が崩れず綺麗なままのソフトクリーム。その横にはたっぷりの粒あんとちょこんと乗っかる白玉。おまけに淡いピンクと白のおいりがトッピングとして使われていて、まさに女の子たちが並んでも買うようなインスタ映えってやつなんやと思う。
それに対してセンラに買ったやつは、シンプルな抹茶のワンスクープカップ。とりあえず、と思って選んだフレーバーだったけど、俺のソフトクリームよりも少し緑が濃いから、きっと抹茶の種類や濃厚さに違いがあるんやろな。...そっちも美味しそ。
「早く食べよ、溶けちゃうで」
「ん」
小さいプラスチックのスプーンに溢れるほどのアイスをおいりと一緒に掬って、口に運ぶ。舌先を冷たさが襲って、冬の風にさらされている体が縮こまった。けれどやっぱり、冬に食べるアイスクリームはその特別感も相まって格別で。
なめらかで濃厚な口当たりを楽しむと同時に、鼻から抹茶の風味が抜ける。程よい苦みと甘みのバランスが絶妙で、おいりの控えめな甘みととろける食感とも抜群に合う。
今度は餡子と共に失礼すれば、餡子の控えめで上品な味わいがより和を感じさせる。最後まで取っておいた白玉も弾力がすごくて、このソフト一つで色んな食感が楽しめた。
一言で表すならば、抹茶好きにはたまらない一品。
「抹茶とか普段トライせん味やけど、たまに食べるといけるな~」
「何のフレーバーがほんとは一番好きなん?」
「チョコレート」
「ふは、即答やん。後でチョコレートのスイーツ買おっか」
「ん。志麻くん、一口ちょーだい」
「ええよ。センラのも、ちょーだい」
はい、とセンラがカップを渡してくる前に、自分のスプーンで掬ったソフトクリームを彼の口の前に持っていく。
「はい、あーん」
「え、」
「どーしたん?口開けてや?垂れちゃうやん」
ずるいのを分かって、天然ぶって。何もおかしいことなんてしてませんよ?ってすました顔で。そうしたら、ほら。逆に指摘するほうが意識してるみたいだって思わせられるから、センラはこれを拒めなくなる。
追い詰められてることに気付くのがちょっと遅かったセンラに残された選択肢は、俺の手からアイスクリームを食べるってことだけ。あーん、で。
ぎゅっと目をつむって一息でスプーンを口に入れた。
「...美味しいな、これ」
「やろ?もう一口いる?」
「もうええ!自分のあるし!」
「...っふ、」
そんな全力で否定しなくても、と、つい分かりやすく動揺するセンラがおかしくて笑いの声が漏れる。どうやら半パニックのセンラには聞こえていなかったみたいやけど。
「じゃあ、んぁ」
「...?へ、?」
「両手ふさがってるから。センラのやつ、俺にも食べさせてや」
アイスと小さなスプーンくらいならきっと簡単に片手で持てるけど、きっとセンラはそのことに気が付いてない。食べさせてもらう気満々で口を開けば、軽く震える手でこちらにスプーンを向けてくるから、わざとゆっくり口に含む。
その間、自分の視線を彼の瞳から逸らさないようにして。
「...ん、こっちの方が濃くてええね。俺好み」
「~~~~~~~っ!」
自分の唇の端に付いてしまったアイスをペロッと舌で舐めとれば、ついに頬まで赤くなり始めたセンラの顔。
(...ちょっと、いじめすぎちゃったかも、)
「...セーンラ。はよ残り食べないと溶けちゃうで」
「え、あ、そやね、うん、」
時間がたって完全に液体になる前に、お互い無言でアイスを食べ終える。体は冷えていっているはずだけど、着物越しに触れていた方からは温かい体温が伝わっきているような気がした。
「まだ入りそう?」
「うん、全然余裕やで」
「俺も、まだまだいける」
まだしばらく休憩は必要なさそうなので、食べ終えた後のゴミを捨てて次の良さげな店を探そうと歩き出す。
抹茶だったとはいえソフトクリームを食べたせいで、未だにどことなく甘ったるい口の中。次はしょっぱめのものがいいな、なんて思いながら塩分が足りない体で辺りを見回すけれど、ピンとくる所は中々見つからない。
ここまで一本道をずっと歩いて来たけれど、センラによるとどうやらこの隣の通りにも多くの食べ歩きにぴったりなお店が並んでいるようで。
「...そっちも行ってみたいかも」
「んふ、言うと思った」
...なんか俺、食いしん坊キャラみたいになってる?いやまぁ、美味いもん食べるのは大好きなんやけど。
こっち、と歩き出すセンラの横を付いていき、別の道へと顔を出す。ちょうど正午を過ぎたあたりで、人通りが段々と増えてきていた。
「うわ、こっちもすっごいな」
「ここ、人気のお店しかないからな。志麻くん、おデブさんになる覚悟しといた方がええよ」
「冗談じゃなくてほんとに太りそうやから怖いわ...」
そんなことを言っても、こんな時くらいは自分が食べたいと思ったものはお腹いっぱいまで堪能するって決めてるけど。
さぁどの店から行こうか、と喋りながらぶらぶら歩く。自分が好きそうなものは取りこぼしたくないと神経を研ぎ澄ましていれば、肌を突き刺す冬の冷たい風に乗って何処からか漂う、食欲がそそられるソースの香り。きょろきょろとその出所を必死に探す。
それを見つけた瞬間には、もう口と手が動いていた。
「「あ、あれ食べたい」」
ぴったり一語一句、全く同じタイミングで被る俺とセンラの声。思わず顔を見合わせて数秒ポカン、とした後、二人して吹き出す。
でも目的の物は違うみたいで。俺の指は右側にあるたこ焼きの屋台を指していて、センラの指はその正面にある別の店...あれは、大学芋?
「うーわ、また美味そうなもん見つけたなセンラ、、」
「それはこっちのセリフや。冬に熱々のたこ焼きとか、見つけたら買わな罪の食べ物やで」
両方のことを一度でも見てしまえば、どっちも食べたくなってしまうのが当たり前。ここでどっちにする?なんて野暮なことは言わない。
「じゃ、俺たこ焼きの方並んでくるから。センラそっちの方よろしく」
「おっけ。買い終わったらあそこに立ってるテーブルのとこ集合な?」
「了解」
すぐさま二手に分かれて、お互いミッションを遂行するべく動く。
たこ焼きをゲットしようと屋台に近づけば、より一層強くなるソースと焼けた小麦粉の匂い。俺が並び始めた瞬間に新しいのを焼き始めた見たいだから少し時間はかかりそうやけど、出来立てを食べれると思えばなんてことない。
待っている間にやることもなくて、ついじっと目の前で披露される職人技を眺めてしまう。生地が流し込まれたかと思えばジュウっと火の通る音がして。一個一個に素早く投入されるタコの大きさに驚く。ある程度生地が固まれば、異次元のスピードでそれが綺麗にひっくり返されていき、焼目が現れる瞬間は見てて気持ちがいい。
「お兄さん、注文どうぞ」
「あっ、えっと、この十二個入ってるやつ、一つください。あ、あと、お茶も二本」
「は~い。上に乗っけるネギの量はどーする?」
「...大盛で」
流石にここは譲れない。欲望に忠実にいかせてもらう。
ソースもマヨネーズもたっぷりかけてもらっているのを横目にお金を払うが、頭の中はもう湯気を立てるそれを一刻も早く食べることでいっぱいで。
「はい、お待たせしました。熱々だから気をつけてな」
「あ、すみません。割り箸、もう一膳もらえますか?」
「おん、はいよ」
「ありがとうございます!」
ビニールに入ったたこ焼きのパックと冷たいお茶のペットボトル二本、それに二膳の割り箸を持って待ち合わせ場所へ向かえば、もうそこにはセンラが立っていた。
「お、おかえり。無事買えた?」
「ばっちり」
袋を持ち上げれば、センラの目が輝く。
「ナイスや志麻くん!冷めないうちにそっちから食べよ」
立ち食い専用の丸テーブルにそれを置いて、パックを止める輪ゴムを外して蓋を開けた。
「じゃーん」
「うわ、うっまそ...ネギめっちゃ入ってるやん、溢れそう」
「大盛にしてくれって頼んだらすごい量入れてくれた」
覆うものがなくなった瞬間、一気に立ち込める湯気はこのたこ焼きが熱々...つまり最高の食べ頃だと伝えてくれる。たこ焼きの上では、これまたたっぷり乗せられたかつおぶしが踊っていた。
センラに箸とお茶を渡して、いざ。
まぁるい綺麗な形をしたたこ焼きを、たっぷりのネギと共に箸で掴む。火傷しないよう数回ふーっと息を吹きかけて、パクッと口に入れた。
息なんかじゃ到底冷めてはくれなかったそれを、はふはふしながらなんとか咀嚼する。ようやくようやく飲み込めるくらいの温度になってから、胃の中へと消えていった。
「...やっばいなこれ」
「...やばい」
外はしっかり焼けていて香ばしいのに、中身はとろっとろで柔らかい。先ほど見たタコはやっぱりぷりぷりの食感で噛み応えがあり、噛めば噛むほど飛び出る旨味。
ほんのり感じる紅ショウガの風味がたまらない。ソースとマヨネーズの組み合わせは言わずもがな最強で。大量に口に入れたシャキシャキのネギも良いアクセントになっていて、大盛にしたの大正解やったなと自分を褒めた。
完全な空腹状態ではなくともこのお昼時、しかもこの寒い時期に風の吹く外で食べるアッツアツのたこ焼きに、完全にノックアウトされる。その威力は、二人して語彙力がなくなるほど。
夢中で食べてるせいで口数は減るけど、一つのパックをつつく手は止まらない。時々お茶を口に含みながら、あっという間に間食してしまった。
「いやぁ、最高だったわ...」
「まだ食後のデザートあるからな?」
「そうや、大学芋!!!」
はい、と差し出されたのは、細長い大学芋が詰まった紙コップ。カラフルな鮮やかな黄金色に輝くさつまいもにたっぷりと絡められた蜜に、先ほど甘いものを食べたことも忘れて目を奪われる。
「これもやばいやろ」
「やばい...センラ、これ見つけたの天才...」
「んふ、おおげさやって。ほんま甘い物好きなんやな」
こんな男前な顔してるのに、ってボソッと呟いてるの、聞こえてるで。
「センラが買ってきたやつやし、そっちが先食べてや」
「そう?じゃあ遠慮なく~」
爪楊枝を刺して、一本丸ごと口に運ぶセンラを頬杖をついてじっと見つめる。
「...ん!めっちゃおいしい、これは当たり」
「ほんま?志麻にもちょーだい」
食べさせてくれるかな、と思って口を開けようとしたけど、さっきので学んだのかサッと爪楊枝を渡してくる。残念。
「じゃ、いただきます」
底の方に溜まっている蜜をこれでもかと絡めて、垂れないうちに急いで口の中へ。
噛んだ瞬間カリっとした食感が伝わったかと思えば、中はしっとりホクホクの柔らかい舌触り。さつまいもと蜜の甘みが同時に口の中に広がるが、決してくどくなく、ちょうどいいバランスが保たれている。パラパラとかかったゴマの香りが引き立って、次々手が伸びてしまう。
それはセンラも同じみたいで。
夢中で食べてたら、何個も入ってるのに同じやつに一緒に爪楊枝を刺しそうになって、俺ら必死すぎやろ、なんて笑い合う。
「こういうのおやつに食べるの、昔好きやなかった?」
「すっごい分かるわそれ。ちっちゃいころとかテンション上がってたもん」
「よな!俺お母さんによく作って!ってねだってた」
思わず笑みがこぼれるような、懐かしさを感じる素朴な味。
紙コップは気付いたら空になっていて、満腹とはまた違った理由からくる満足感でいっぱいになる。
「まだ志麻くん時間あるよな?」
「あるけど、、、今しっかり食べちゃったし、次のとこ行く前にちょっと歩かん?」
「さんせーい」
見た感じまだまだ食べ歩きは楽しめそうだけど、まぁまぁお腹もいっぱいになってきたから一旦休憩。
新幹線までの時間に余裕があって急ぐ必要は全くないから、大通りの道を逸れたところにある公園に足を運んで、広めの中をぐるぐると歩く。
「センラは生まれたときからずっとここなん?」
「そうやで。両親両方ともここ出身やから、俺も、って感じ」
「旅館はいつから手伝ってるん?」
「中学生のころから。まぁそん時はお金もらってなかったけど。ちゃんとバイトとして始めたのは高校生になってからやな」
「ほーん...すごいなぁ」
「志麻くんは?いつから東京行ったん?」
「俺は大学から。地元で行ってもよかったんやけど、なんとなく」
「そうなんや...センラも行ってみたいんよね」
「案内するで?」
「ふふ、東京で食べ歩きする?」
「しよ」
食い気味で答えれば、ふははっと高い声で笑うセンラ。そんな笑い方もするんや、かわええ。
こうやって話していて感じるのは、同年代だからってだけやなくて性格とか含めても俺らって相性がええんやろうなってこと。俺の勝手な考えやけど。
大学で知り合った友達なのかもよく分からない奴らとつるんでるときよりも何倍も楽しいし会話が弾む。
三十分ほどかけて公園内を一周し終わって、自ずと敷地内のベンチに腰かけようとした時。氷のように冷たい突風が歩いてようやくぽかぽかしてきた体にぶつかってきて、冷気から身を守ろうと思わず肩をすぼめる。我慢すれば耐えられないほどではない、けど。
「...どっか中入らん?」
「俺も言おうと思ってた」
ほらな、同じこと考えてるし、タイミングも一緒やろ?運命やんこんなの、なんてな。
風を遮るものが何もない公園で動かずに座るのは得策ではなさそうだから、再び元いた場所の方へと歩き出す。
その道中、ちょこちょこ気になった雑貨屋さんに入ってみたり。これなんかええんやない?ってセンラにおすすめされたピアスは、値段を見ずにその瞬間に買うことを決めた。東京に戻ったら両親に送るお土産や、大学での親友二人に渡せそうなものも購入出来たし。
気付けば前回食べてから二時間近く過ぎていて、心なしかお腹が空いてきたような気さえする。
「志麻くん、そろそろいっちゃう?」
「お、センラもその気分?」
「まぁ二時間も経てば胃から全部消えるやろ」
「やっぱそうなんかな。俺今めっちゃ食べたくてやばいもん」
「わかる、普通にお腹空いてる」
買い物も程々に、再び食べ歩き出来そうなものを探す旅に出発する。
「え~~次は何がええかな。甘いもの?しょっぱいもの?」
「んー、それはどっちでもええけど、、やっぱ寒いし、あったかいもの食べたくない?」
「...志麻くん、さては寒い中あんなでっかいソフトクリーム食べてるとき、いくら大好物とはいえちょっと後悔してたやろ」
「...そんなことないで」
「ほんまかぁ~~~?」
いや確かにこの時期に外で食べるものではないなとはちょっと思ったけど。
それよりまぁ...いいもの見れたし。後悔どころか達成感あったで、むしろ。センラに言ったら怒られそうやから言わないけど。
「それよりセンラ、この辺でおすすめのとこないん?」
「あっ、話逸らしたやろ。...んー、、、あ!!」
「おっ?」
何かを思い出したような声を出して、こちらを見てにやりと笑うセンラに、期待が募る。
「あるわ、めっちゃええとこ。忘れるところやった」
「まじ?天才やん。なになに?」
「なーいしょ。着いたら分かるで、行こ」
センラおすすめの場所に向かって歩くこと約十分。連れてこられたのは、食べ歩き用の店が連なる道からはこれまた少し離れた、地元の人が利用するような商店街。俺みたいな観光客の人は、ぱっと見た限りではここにはいない。
「ここにあるん?」
「そうやで、最強の店なんよ」
全くどこのことなのか想像できないまま、商店街の道を真っすぐ進む。ちょうど半分くらいまで来たのではというところでセンラが立ち止まり、右側を指差した。
「はい志麻くん、ここやで」
「...肉屋?ってことは、もしかして」
「そう、ここのメンチカツのことでした~!」
驚いた?と俺の反応を期待して見つめてくるセンラは、大人びててもやっぱり年下なんやなぁって感じさせる。めちゃくちゃ驚いた、なんて返せば、ふふって楽しそうに笑うから、それにまた愛おしさを覚えて。
「ここな、俺が小さいころから買いに来てるところなんよ」
「そうなんや、ええね、地元の繋がりって感じがして」
「やろ?でな、ここで売ってるメンチカツめっちゃ美味いから、志麻くんにも食べてほしくて。普通のお肉屋さんだから、観光客の人は知らないんよ、ここのこと」
志麻くんには特別に教えてあげる、なんて、俺が調子に乗るって分かって言ってるんかな。やとしたら相当な小悪魔さんやけど。
はよ入ろ!と、きっと無意識のうちに俺の手を引いてくる彼に、心の中で悶えることしかできない。指摘したら照れてもう二度とやってくれなさそうやから、にやけそうな顔はなんとか抑えた。
「おじさん、こんにちは~」
「ん?おぉ、センラくんやんか!着物なんか着て、男前な兄ちゃん連れてどーしたん!ちっちゃかったセンラくんにも遂に恋人か?」
「なっ...違うし!もー、勘弁してやぁ!志麻くんも笑ってないで否定して!」
「ふははっ、面白い人やな」
陽気な店主さんの雰囲気に釣られて、思わず声を出して笑う。恋人って言われてあたふたするセンラが可愛くてずっと見ていられて、本人が横にいてもついに否定することはしなかった。
「おじさん、メンチカツ二つちょーだい」
「はいよ。今二人とも着物よう似合っとるし、サービスしたる」
「ほんま?ありがと!やったな志麻くん」
「な。センラのおかげや」
二人でわくわくしながら、外で音を立てて吹く風から守られた店内で待つ。
「はい、メンチカツ二つ、お待たせ」
「わっ、揚げたてや!!」
「ありがとうございます」
「おう!また二人で来てな!」
「...はい。ぜひまた」
「おじちゃん、またな!」
袋に入った揚げたてホカホカのメンチカツを手に再び外に出ると、一気に体が冷えるのを感じる。
「さっむぅ...はよこれ食べな死んじゃうかも」
「ふは、そやね」
もう座れるところを探すのも面倒くさくて、店の近くでお互い立ったまま手元のメンチカツにかぶりついた。
サクッと衣の音がしたと思えば、口の中でぶわっと滝のように肉汁が溢れだす。相当熱を持っているそれに火傷しそうになるけれど、そんなのも気にならないくらいのジューシーな肉の旨味に舌が喜ぶのが分かる。ソースがかかってなくても下味がしっかりと付いていて、一口食べるごとに満足感がすごい。
センラはまだ食べてるのに、あっという間に完食してしまった。
「お肉屋さんのメンチカツってこんな美味いんやな...俺が普段コンビニで買うやつと全然ちゃう、びっくりした」
「やろ?ここのが一番やねん」
「こんなの知っちゃったら明日から元のコンビニ生活戻れなくなるやんかー!」
「自炊しろって神様から言われてるんやない?...ふふ、おいし」
片手だと熱すぎるのか両手でメンチカツを持ってふーふーと口を尖らすセンラの横顔を盗み見る。目の前のそれに夢中になってるセンラは、俺の視線には気付いていない。
パクっと口に入れたと思ったら、ぱぁっと顔の表情が明るくなって周りに花が飛んでるのが見える。頬を緩ませて食べる姿はこんなにも可愛いのに、喜びで目を蕩けさせるのには、どこか色気を感じてドキッとする。
(...やっぱり、センラの食べてるとこ、好きやなぁ...)
いっぱい食べる君が好きってこういうことなんやなって、初めて分かった気がする。
...あっ、ガン見してるのバレた。急いで目を逸らしたけど、多分手遅れ。
「...!?...なに、お腹いっぱいなん?」
「いや、ちょっと美味しくてぼーっとしてた」
...言い訳下手くそか。
でもセンラは、そ、なんて言って残りのメンチカツを口に放り込む。
「ごちそうさまでした。志麻くん、帰りの時間大丈夫?」
「えっ!...あー、そろそろ着物の店に向かって歩き始めた方がいいかも。新幹線、夕方のやから」
「そうやね。んで道中、もし良さげなのあれば買うって感じにしよーや」
「ん、それがええね」
さっき旅館を出たと思ったのに、気付けばもう帰りのことを気にしないといけない時間だなんて。今日一日、あまりにも時間が経つのが早すぎて驚く。体感ではまだ一時間も経ってないって言いたいくらいなんにな。
着物の店に近づくにつれて、少しずつ焦りが出てくる。そもそも今日こうやって二人で出かけられたのもセンラの優しさのおかげだから、せめて最後くらいはセンラが喜んでくれそうなものを見つけたくて。
(センラが好きそうな...笑って、美味しいなって、笑顔で食べてくれる、もの、)
「...あ、」
「...?なんかいいのあった?」
「おん...センラ、志麻が買って来るから、ちょっと待っててくれる?」
「ふふ、お楽しみってやつ?...楽しみにしてるわ」
「ん、すぐ戻ってくる」
「はーい、待ってるな」
「すみません、これ二つ_____」
「_____ごめん、お待たせ」
「おかえり~。何買ってきたん?」
「これ」
はい、と差し出した袋の中身を覗くセンラ。これでよかったかな、と少しドキドキしていた心は、それの正体に気が付いたセンラが見せたほころびの顔が理由で何処かに行ってくれた。
「わ、回転焼やぁ!!」
「ふはっ、いいリアクション。...すき?」
「んふ、めっちゃすき。志麻くん流石やな」
「ほんま?よかった。あんな、回転焼、東京では今川焼って言うんよ、知ってた?」
「え、回転焼やないの?」
「な、俺も驚いた。全国共通やないんやーって」
会話もそこそこに、早く食べようと促すように視線を送る。
二つあるうちの一つをセンラが取り出して口に入れようとした瞬間、慌てて口を開いた。
「あ、待って!」
「...?」
「センラのやつそっちやない、こっち」
「なんか違うん?」
「んーまぁ、とりあえず食べてみてや」
「わかった」
不思議そうな顔をしながらも、センラは手の中にある回転焼を割ることをせず口に運んだ。
「...わ!!!!中身チョコレートや、!」
「チョコのスイーツ買うって約束したやろ?きっとセンラ好きやと思って」
「ん!今日食べた中で一番好きかもしれん。中でな?チョコがとろぉってめっちゃ良い感じに溶けてるんよ、ほんま美味い、やばい」
志麻くんありがとぉ、なんてふにゃっと笑うセンラが妖精か天使か、そんな感じに見えるのは、きっと俺の目に大量のフィルターがかかっているから。
センラはそれだけ言ってもう一回、あむって効果音が似合う食べ方で回転焼を頬張る。
...そう、それ。その顔が見たかったんよ。一口食べれば細められる目に、控えめにあがる口角に、興奮からなのかほんの少しだけ赤らむ頬。
その、全身で美味しいって思ってるのが伝わる、何回でも見てて飽きない、可愛くて仕方がないって言うことしかできないような、そんな表情。
(美味しいもんくらい、いつでも食べさせてあげるから、これからも隣で__)
無意識にそんなことが頭に浮かぶ。いつの間にこんなことを考えてしまうくらいセンラに惚れてたんやろ、俺。
昨日旅館で初めて見たときは、美人さんで俺好みだからって理由で気になり始めた。
でもそこから、素のセンラを偶然見れて、志麻くんって呼んでくれるようになって、こうして隣でご飯を食べるチャンスをもらって、無防備で幼い顔を発見して...
(センラと、離れたくないな。)
今日一日ずっと思ってきたことを、ついにはっきりと自分の中で言葉にする。
でもこんなことを考えても、所詮昨日会ったばっかりの他人、よく言っても友人止まりやから。明日からも一緒にいよう、なんて言えるわけもないし、言ったってどうにも出来ないことはどうにも出来ないし。
自分に出来ることは何もなくて、思わず自嘲気味に笑う。
せめてこの時間くらいは夢を見たいし、センラに気付かれる前に気を取り直そうと、自分の分の回転焼を袋から出した。
オーソドックスなのは餡子やけど、餡子はもう今日食べたから、自分のはカスタードクリームにした。手で二つに割れば、中にたっぷりと入ったクリームが溢れ出しそうになる。
大惨事になる前に食べてしまおうと口元に持っていけば、隣から感じる視線。
「...志麻くんのも美味しそうやな」
「食べる?...って、ふは」
「...?」
「唇の端っこにチョコついてるし。そんなに急いで食べるほど美味しかったん?」
また見つけた、センラのちょっと子どもっぽいとこ。
好きなものになると一段と目を輝かせて、口が汚れるくらい夢中になっちゃうとこ。
「どこ?」
「こっち、、、あ、違うそこじゃない」
「ここ?」
「そこもちが...あーもうええわ、」
埒が明かないと思い、咄嗟に右手の親指で、センラの唇の左端に付いたチョコレートを拭う。
「はい、取れた」
「ありがと、志麻く、っ!?」
チョコが付いた指をそのまま口元に持っていって、ペロッと舐めとる。あっま。
まぁ最後やし、これくらいかっこつけてもええかなって。悪あがきや。
「しまく、今、、」
「ん~?」
「なんでも、ない、」
...センラも、ドキドキしてくれたっぽいし。ごめんな、ずるくて。
「こっちのも食べるやろ?はい」
「ありがと、、、センラのも食べる?あ、でも割ってない、」
「センラが良ければ別に気にせんよ」
「俺は別に...」
「そ?じゃあ一口ちょーだい」
お言葉に甘えて、小さめの一口。
中に入った甘ったるいチョコのソースと、ふわふわカリカリの生地。未だに温かさを持っているのも相まって、こりゃセンラもあの笑顔になるわと一人納得する。
「ん~~!志麻くんのカスタードも最強やな」
「ほんま?どんな感じ?」
「クリームが甘すぎなくて食べやすいし、なんか優しい味」
「どれどれ」
ちぎって口に放り込めば、センラの言う通り、あたたかくてほんのりと甘い、心に染みる味がした。
そのあとは特に足を止める理由を見つけられずに、遂に着物レンタル店まで戻ってきてしまった。俺のわがままから始まって一日中堪能できたセンラの着物姿も、これで見納め。
(...よく考えたら、写真撮ってないやん!!!)
今日ずっと一緒にいて、思い出を写真に残す機会などいくらでもあったはずなのに。ずっともぐもぐ食べてるセンラのことを見つめてるだけで楽しくて、考えもしなかった。大事なことに気が付いて、店内へ入ろうとするセンラを必死で呼び止める。
「...どうしたん?」
「センラ、最後に写真撮ってもええ?」
「ええよ~」
返事が返ってきた瞬間、センラがこちらへ引き返してきて俺の肩をぐっと引いた。
センラの顔は俺のすぐそばにあって、息遣いが簡単に聞こえてくる。
「へっ」
「何変な声出してるん、、?一緒に撮るんやろ?」
「あ、え、そゆこと?」
「ふふ、それ以外に何があるんよ」
センラだけの写真を欲しがるって、普通の感覚からしたら確かに結構おかしいのかもしれん。よかった、センラに変な勘違いされなくて。
センラより腕の短い俺がスマホを構えているから、二人ともの顔と着物を映すにはある程度密着する必要があった。なんならセンラが肩を回してきたから、もう少しで童貞みたいな反応するとこやった。
「はい、撮るで~」
カシャ、とカメラの音が鳴った。万が一ぶれていたりでもしたら困るので、二人で一つの携帯を眺めて撮ったのを確認する。
「よし、ええ感じやな!」
「せやね。ありがと、センラ」
少しぎこちない表情が隠せてない、下手くそな笑顔の俺と、歯を見せて満面の笑みを見せるセンラ。この二日間で撮った、もしかしたら最初で最後かもしれない、一枚だけの二人の写真。
...新幹線乗ったら、こっそりロック画面にしたろ。
写真も撮ってしまえばいよいよもう店に戻らない理由はなくて。
残念やな、ってつい口から零せば、なんか一日着ると手放したくないわ、って返事が返ってきた。
「あのー、」
「あっ、お客様、おかえりなさいませ。スタッフが手伝いますので、それぞれ更衣室へどうぞ」
ここでセンラとは別の個室に通されて、本当の見納め。
数分後に見たセンラは、今日の朝と同じあのシンプルな服装を身にまとっていた。
リュックも返してもらって、店員さんに見送られて店を出る。いよいよこれで、本当に返れる状態になって。スマホで時間を確認すればまだちょっとだけ早めだったけれど、どーせこれ以上一人でやることもないし駅に向かう以外の選択肢はなかった。
「...じゃ、俺駅行くわ。センラ、ほんまに今日は、」
「志麻くん、センラも駅まで一緒に行ってええ?」
「っ、え」
未練がましくならないように、出来るだけ早くその場を去ろうと思っていたのに。お礼を言いかけたところで俺の声は遮られた。
「...あかん?」
「いやっ、そんなことないけど...無理しなくていいんやで?」
「えーの。センラがお見送りしたいだけやもん」
「...じゃあ、」
「ん!」
...ここで断り切れんのがよくないんよな、多分。今日一番のあざとい顔で、俺の見送りをしたいなんて好きな人に言われて断れる奴なんてこの世にいるんか?
なぜか着いてきたがるセンラを引き剥がせるわけなんかなくて、結局駅前まで一緒に歩いた。
「志麻くん、新幹線まであと何分?」
「あと20分ちょっとくらいやけど、」
「ならまだ、ここいてもええ?」
「俺は嬉しいけど...」
ただでさえ真冬のこの時期なのに、日が落ちかけていてより一層冷えが増している時間。目の前のセンラの服装は、この時間に外にずっといるにはちょっと厳しそうなもので。
俺の都合でセンラを付き合わせて、万が一センラが風邪ひいたりなんかしたら罪悪感で死ぬのは目に見えてる。
「せめて、なんかあったかいもの、」
「大丈夫やって。そんなにヤワやないし」
「俺がよくないの」
渋るセンラの手を引いて、駅前やから何かしらあるやろ、とその辺を見て回る。
最初は軽ーく抵抗、というか遠慮していたセンラも、ぎゅっと一瞬だけ指を絡めるような繋ぎ方に変えれば大人しくなった。
「...あ、志麻くん、あれ...」
「お、気になるのあった?」
センラが指差す先には、ちっちゃな屋台と看板に書かれたチャイの文字。でもよく見ればラム酒入り、なんて書いてあったから、未成年のセンラに飲ませるわけにはいかない。
「あれアルコールやろ~?なぁに、気になるん?」
「いや、志麻くんが、好きかなって思って、」
「もぉぉぉぉ、こんな時まで俺のこと考えてくれなくてええのに」
センラのために、って俺は思ってるのに、どうしてこんなにも健気なんやろうな、この子。
気持ちはとっても嬉しいけれど、別に俺は風邪ひいたってなんだって大丈夫やし。とりあえず早くセンラに、と思っていたら、危うくメニューにある文字を見逃すところやった。
「あ、待ってセンラ。センラが飲めるやつありそう」
「え、どこどこ?」
「ほら、ホワイトチョコレートの飲み物やって。あ、でも、さっきチョコ食べたし、二連続はしんどいか」
「飲む!!!!」
「ほんま?他のとこ探してもええよ?」
「んーん、せっかく志麻くんが見つけてくれたし、これがええ」
「...じゃあ俺は、センラおすすめのラムチャイにしたろ」
二人分注文して、カップに注がれて湯気を立てるそれを受け取る。
紙コップを抱えた両手に、じわじわと熱が伝わってきているのが分かった。
タイムリミットが近づいてきているのを感じながら、駅前のスペースにただ突っ立って、手の中のカップを口に運ぶ。ふわっと香るのは、特徴的なシナモンの香り。少し熱いくらいのラムチャイが喉を流れていくたび、体が温まっているからなのか、どこか脳がぼーっとしてくるような感覚。
センラもそれに浸っているのか、数秒、もしかしたら数十秒、無言の時間が続いた。駅前だから人の声で賑わっているはずなのに、どこかそれすらも存在しない、二人の時間のように思えた。
「...なぁ志麻くん」
「ん?」
「...連絡先の交換とか、だめですか」
「えっ、」
「あっ、いや、さっき写真撮ったのせっかくやから送ってほしいし、あの、」
「...っふ、」
突然静寂を破って口を開いたと思ったら、こんなこと言ってくるの、ほんま反則やろ。
先ほどまでの雰囲気とは真逆の彼の焦りように、思わず笑いが零れた。
「や、ほんとごめん、変な意味やなくて...って俺、何言ってるんやろ、」
「セーンラ」
まるでまずいことでも言ってしまったかのように動揺する彼の頬を両手で包んで、強引に目を合わせる。ぐらついていたシトリンの瞳が落ち着いたのを確認して、口を開いた。
「俺は、センラと離れたくないよ」
「っ...!」
「今日一日ほんま楽しかった。センラとやから、楽しかったんやで」
「...センラも、志麻くんと一緒で、楽しかった、」
「連絡先も交換しよ。ごめんな、中々言い出せなくて」
「...このままお別れだったら、どーしようって、おもった、」
「そんなん俺が嫌や」
今にも泣き出しそうな潤んだ目を見て、あぁなんでもっと早く言わなかったんやろって後悔の念が襲ってくる。...こんな顔、できればさせたくなかったんに。
「...はい、これで登録できた」
「...志麻くんが新幹線乗ってるとき、連絡してもええ?」
「もちろん。いつでも、センラがしたいと思った時にしてくれて大丈夫やで」
「...通話も?」
「ん、やってくれると俺が喜ぶなぁ」
「ふふ、いっぱいしちゃお」
あぁもう。この溢れそうな愛おしさを、俺はどうしたらええんやろ。
気付いたら目の前の人を抱き寄せているくらいには重症だったらしい。
「...キスしてもええ?」
「...なんでそういうことは自分から言えるん」
「もう手放さなくていいんやって、吹っ切れちゃったからやな」
「...聞くなや、そんなこと」
「ふは、じゃあ遠慮なく」
人目につくことを気にしてほんとに一瞬の、したかどうかもわからない子どもみたいなキス。それでも、幸せって顔でこっちを見てくるから。
「次」の約束を交わせば、迫る今日という日に設けられたタイムリミットぐらいもうどうでもよかった。
今までで一番忘れられない、長かったような短かったような冬休みも終わって、数週間ぶりに大学のキャンパスに足を運ぶ。
久しぶりでかったるかった授業も全て終わって急いで帰ろうとしたとき、少し先に見知った顔を二つ見つけて声をかける。
「あ、うらたさん、坂田~!!」
「まーしぃや!久しぶり!」
「やっほー志麻くん。俺たちを置いていった旅行は楽しかった?」
冗談交じりに嫌味ったらしく聞いてくるうらたさんと、犬のようにお土産は?なんて期待した目を向けてくる坂田。
「ちゃんと買ってきたって。はい、二人の分」
「わっ、和菓子だ!」
「まーしぃめっちゃええの買ってきてくれてるやん、、ええの?」
「別に二人にしか渡す人いないし」
これは嘘じゃない、心の底からの本音。
二人が大学での一番の親友だし、二人以外とそこまで仲良くしたいとは思わない。
「志麻くん、もう授業終わりでしょ?これから俺たちとご飯いこーよ」
「あー...ごめん、今日ちょっと予定あって、」
「え!!あのいつも家でゲームしかしてない志麻くんに予定!?」
「失礼なこと言うなや」
俺にだって、予定くらい...いや、あの人と出会う前にはなかったかも。バイトと大学と二人との予定以外ほぼ引きこもりやったしな。
驚く二人にテキトーな言い訳をしていると、突然鳴りだすポケットに入った俺のスマホ。
出ていいよ、って目で促されたからその場で電話を取る。
画面上の名前は、予想通りの人。にやけそうになった顔を抑えられただろうか。
「あ、もしもし?うん、そ、今から駅向かうとこ。うん、」
「え"、まーしぃ声あっま、なにそれ」
「食材?それなら一緒に買いにいこーや、スーパーあるし」
「顔もにやけてるし、、、食材って、志麻くん料理なんてするっけ」
ひそひそ話のつもりかもしれんけど、めちゃくちゃ聞こえてるからな。
あぁそうや、二人には報告しといたほうがいいのかも。
「ん、じゃあ、また後で。...会うの楽しみにしてるな、好きやで」
電話を切れば、信じられないといった顔でこっちを見てくるうらたさんと坂田。
それに追い打ちをかけるように、しれっと彼の存在を仄めかす。
「そーいえば俺、好きな人できたから」
「は?」
「え、誰??」
「旅行先で出会った人」
「まさかお前、今の電話とこの後の予定って...」
「ん?普通に、その人と会うだけやけど」
「はぁ!?!?」
途端にギャーギャー騒ぎ出して、会わせろ!なんて言ってくる。まぁ確かに、二人ならセンラとも気が合いそうやけど...
「今日は無理」
「なぁんで!みんなでご飯いけばええやん!」
「今から俺ん家でご飯作ってもらうんよ」
てなわけで、いつかな、なんて。
惚気んな!って声が聞こえないふりをして、あと十分で新幹線を降りるらしい彼との待ち合わせ場所へ向かった。
「...なにあいつ。一人でまったりしたいから~とか言って、俺たちの誘い断ったくせに」
「全然一人じゃなかったっぽいな。しかも手作りご飯とか...」
「「通い妻...???」」
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