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[SakaUra] どんな未来でも、君と

Author: たう餅

Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21955742

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以前、彼から聞いたことがあった。

「なぁ坂田。……並行世界(パラレルワールド)って、聞いたことある?」

自分じゃない自分。
貴方じゃない貴方。

容姿は同じだとしても、性格は?思考は?行動は?

自分と同じ本質を持っていても、違う人生を歩んできた存在。そんな不思議なものに、相見えることなんて、

きっと、‪”‬‪ もう ”‬ 2度とないのだろう。

朝起きたら、彼がいた。

愛おしくて、大切で、永遠に隣にいたいとまで思って、

なのに、自分からは離れていってしまった彼が。

「……ぅらさ、?」

何故。彼と一緒に寝た覚えなどない。そもそも昨日はベッドどころか自分の部屋で寝た覚えも……。
坂田は状況が飲み込めず、痛む体を起こした。

綺麗なベッド。隣で眠る彼。
……見慣れぬ部屋。

「ふぁ……?」

坂田がやっと今の状況を1割ほど把握した時、隣で眠っていた彼がむにゃむにゃと目を開けた。その人物は確かに自分が知る『彼』の顔なのに、坂田の脳は瞬間的に『彼ではない』ことを理解した。

その瞬間、弾けるようにベッドから飛び退いて距離をとる。

「へ、な、なに!?」

まだベッドの上で目をぱちぱちしている彼も、どうやら混乱しているようだ。一緒に拉致監禁されたのだろうか。いや、目の前の男は"この場所"に対して驚いている素振りはない。圧倒的に不利なのは自分だ。

この状況を打破せねば。この場所から脱出せねば。
坂田がその思考に至るまで、僅か0.5秒。

「(……ない)」

しかし、懐にいつも仕舞っているものがなかった。
チッ、と舌打ちが飛び出して、それにベッドの上の彼がビクッと反応する。

坂田は相手の一挙一動に目を光らせ、全ての神経を張り巡らせた。相手がこちらに何かしようものならその前に意識を刈り取りつもりで。

しかし、それは相手の一言によって意味をなさないことになる。

「……さかた、じゃ、ない……?  だれ……?」

きょとんとした顔で、『彼』そっくりの彼は、初対面のはずの坂田の名を言い当てた。

「……俺の名前知ってるん」
「へ、だって……顔がそっくり」
「……」
「だけど、違うよな。そんな服持ってないし……」

坂田の最後の記憶は、仕事帰りに野暮用を済ませようとしていたところで途切れている。着ているのは、返り血が目立たないような黒いスーツ……坂田にとっての仕事着だ。

「ここはあんたの家なん?」
「う、うん。お前どうやって入ったの」
「いや、気づいたらここで寝てた」
「ふぅん……」
「疑わへんの」

臨戦態勢を解いた坂田は部屋の隅に胡座をかいてため息をついた。この彼は、自分の寝室に見知らぬ男がいたというのに、なんと危機感がないんだろうか。

「なんか、嘘ついてるように見えない。坂田そっくりだし、坂田じゃないの分かってんだけど、別人だとは思えないっていうか……言葉むずっ」
「……あんたも、うらさんそっくりや」
「!」

ベッドの上の男は……うらたは、パッと目を見開いた。

「でも、俺の知ってるうらさんはそんな平和ボケしたほにゃほにゃした顔とちゃうけど」
「……褒めてんの?」
「貶してへんよ」
「まあ、俺の知ってる坂田もそんな眉間に皺を寄せたこわぁい顔してないな」
「……褒めてるん?」
「貶してはねぇよ」

どうやらこのうらたは自分そっくりの「坂田」とも面識があるようだ。聞けば聞くほど不思議な話に、思考をやめようとする脳をなんとか動かす。すると坂田は、とある話を思い出した。

─────並行世界(パラレルワールド)って、聞いたことある?

そんな非現実的な話、到底信じていなかったのに。

「ちょっとだけ思い当たる節あるから……ゆっくり話すわ」
「そう?  じゃあコーヒーでも飲む?」
「あんた、ほんまに危機感ないな」
「坂田に危機感持てって言われてもな〜」

自分の知っているうらたと比べて随分平和ボケしてそうだ。そんなことを思いながら、キッチンに向かううらたの背をぼんやりと見つめた。

✧••┈┈┈┈┈┈••✧

坂田が起きて最初に感じたのは、全身の痛みと息苦しさだった。
数秒経って、寝ぼけた思考は「誰かに上からうつ伏せに押さえつけられているらしい」ということを理解した。

「はぇ……?」

とはいえどうしてこんなことになっているのかなんて分からない。拘束を解こうとしても、背中に乗った「何か」はビクともしなかった。

そして、首元に冷たい何かが宛てがわれる。

「質問に3秒以内に答えろ。……なぜ俺の家にいる」
「へっ……?」

坂田を拘束する人物は冷たい声でそう言った。
坂田は混乱しながらも、その声は『彼』の声にそっくりだと思った。

「お前は誰だ」
「だれだ、って……」
「質問に応えろ。腕がなくなっても知らねぇぞ」
「い゙ッ!!?」

左腕を捻りあげられ、坂田は痛みに顔を歪めた。本当に腕が取れてしまうんじゃないかと錯覚するほどの力の強さ。抵抗すらできず呻いていたら、何故かその力は少しだけ弱まる。

「っいいから質問に答えろ!」

見慣れぬ床の上、きっと力では勝てないであろう相手に体の自由を奪われているのに、坂田は何故かあまり恐怖を感じていなかった。

それより真っ先に頭を支配したのは疑問の方。

「もう一度聞くぞ。お前は……」
「うらさん……?」
「…………、は?」

腕を捻られた時に一瞬見えた顔。そしてその声。髪型も、表情も、声の温度も違うのに、目の前の人物を『彼』であると確信している自分がいた。

「……俺をそう呼ぶのは、アイツだけだ」
「ぇ、あの」
「ッお前は!!  なんでアイツと瓜二つなんだよ!!」

一瞬離れていたナイフがまた首筋に当てられる。少しでも動けば切れてしまうんじゃないかという冷たい感触に、坂田の喉はヒュッと鳴った。

いくら相手を『彼』だと思っても、さすがにナイフで切られそうになると思考は恐怖に染まる。坂田は殺しや死の世界とは程遠い一般人なのだから。

「っ、くそ……」

しかし動きが止まったのは相手も同じだった。恐怖に染まった坂田の表情を見て、グッと目を閉じる。そして、

「暴れたら、殺す」

そう言ってゆっくりと拘束を解いた。

「あの……、うらさん、ではないんよな?」
「そういうお前は坂田そっくりだな」
「……」

知り合いのドッペルゲンガーを見たような感覚に、相手も自分のドッペルゲンガーを知っていると来た。うらたはナイフを足に巻きつけたホルダーにしまい、ふぅとため息を吐く。

「並行世界(パラレルワールド)、ねぇ……」

そして、以前本で見て彼と……坂田と話している時も話題に出した事柄を思い出していた。

「な、なんなんそれ」
「聞いたことねぇの?」
「あるっちゃあるけど……あれやろ、違う世界線みたいな、いや、そんなファンタジックな」
「俺だって信じてなんかなかったよ」

坂田に似ている彼は、怪訝そうな目でこちらを見やる。

「あんたのこと、なんて呼べばいいん……」
「まあお前にうらさんって呼ばれるのもな……。じゃあ、『オルカ』でいいよ」
「おるか……?」
「仕事でそういう名前なの。坂田にだって最初はそう呼ばれてた」
「へぇ……」

不思議そうにする坂田を見たうらたは、ニヤニヤしながら近くの椅子に反対向きに座って、背もたれの上で腕を組んだ。

「ねぇねぇ、そっちのお前らも付き合ってんの?」
「は、はぁぁあ!!?」
「うわ、声でか」
「つ、付き、あっ……べつに、そんなんじゃッ」
「なーんだ」

予想と違う返答につまらなそうにするうらた。坂田は、バッと立ち上がりうらたを指さした。

「そういうそっちは!!  どうなんよ!!」
「俺ら?  まぁ付き合ってたよ。最初はセフレだったけど」
「セ……ッ!!?」

顔を真っ赤にして固まる坂田。いちいち初心な反応がおもしろくて、うらたの口角は上がりっぱなしである。

「俺らはそういう……恋愛的なあれとちゃうから」
「え?  そっちの俺のこと好きじゃねーの?」

そう言われた坂田は、ぐっと言葉を詰まらせた。

「……好きよ。俺は」
「はぁ?」
「でもうらさんはちゃうから。うらさんは俺のこと、そういう目で見てへんし」

うらたは、酷く寂しそうに話す坂田から、目を離せなかった。

✧• ───── ✾ ───── •✧

「え、じゃあそっちの俺とは何もしてないん?」
「何もってわけじゃ……」

うらたから出されたお茶に警戒心を表した坂田だったが、うらたが1口飲んでから渡すと毒がないと分かってコップを受け取った。

坂田は自分が殺し屋であるという身分を明かし、自分にとってのうらたも同業であることを明かした。

そんな中で、「そちらが知る『自分』との関係」の話になるのはもはや必然と言うべきで。

「付き合ってないんかぁ。セックスはしたん?」
「はぁ!?  付き合ってもないのにそんなんしねぇし!!」

顔を赤くして全力で否定するうらたに、坂田は不思議そうに目を丸くする。

「ふーん。俺らはセフレ始まりやったけど」
「えっ……」

ずず……とお茶を啜ってからうらたを見ると、彼は顔色を白くしたまま細い目で坂田のことを見つめていた。

「ドン引きすんのやめろや」
「ご、ごめん」

そんな中、坂田は数秒前の会話を思い返していた。

「でも、何もしてないってわけじゃないんやろ?  何したん」

うらたは目を見開いたあと、恥ずかしそうにきょろきょろと視線を彷徨わせた。それから、小さな口を小さめに開いてぼそぼそと喋り出す。

「き……きす、は……ときどき……」
「ふぅん。キスフレってやつや。可愛いねぇ」
「うるさっ!  ここ半月くらいしてねぇし!」

恥ずかしさのあまり反射的に飛び出した言葉に、坂田は遠慮なく食いついた。

「それはなんでなん?」

聞かれてから、うらたは自分の失言に気付く。しかし今から取り消せるわけでもなければ、坂田の鋭い目に見つめられては誤魔化すこともできそうになかった。

不思議と、この『彼』になら話してもいいかもしれない、なんて思ってしまったのだ。

「俺が、坂田のこと避けてるから」

自分のぐちゃぐちゃに混じりあった気持ちとも向き合えるかもしれない。

「なんで避けてるん」
「……」
「キスしてみたけどやっぱ嫌いになったとか?」
「ち、違う!!  それはまじで違うッ」
「じゃあなんで」

「好きだけど、好きになっちゃいけないんだよ」

坂田はその言葉をすんなり理解することは出来なかったようで、少しイライラしたように「はぁ……」とため息を吐いた。

「避けられたら……俺のこと嫌いになったか、飽きたか、なんか嫌がることしたんかなって思うよ、『俺』は」
「っ……!」

うらたがハッとして坂田を見ると、彼はとても寂しそうな目をしていた。
『この坂田』は一般人ではない。殺し屋という、いわゆる裏社会に身を置いている。確かに最初に見た彼の表情は、人でも殺しそうなほど険しかった。

なのに、今の坂田は別人か疑うほど眉尻を下げて唇を噛み締めている。うらたの知る『坂田』とそっくりなその表情に、うらたはどうしようもなく彼を抱きしめてやりたくなった。

「さか……」

反射的に伸びた手は、それでも彼に到達する前に、ふっと降ろされる。

「殺し屋さんたちは……俺らと住む世界が違いすぎるから。事情が違うよ」
「それはまあ、そうやけど」
「いーなぁ」
「……?  なにが」
「だってさっき言ってたじゃん。そっちの俺は殺し屋さんと付き合ってるんでしょ」

次に苦しそうな表情を見せたのは、うらたの方だった。

「正直羨ましいよ」
「俺らは……、ッ!!」
「、え?」

何かを言おうとした坂田が、急に脇腹を押さえて蹲る。

「なに、どうしたのっ」
「ぐ、ぅ……ッ」
「すごい汗……、ぇ、なんで」
「ゃ、大丈夫やから……すぐ治まる……」

上体を倒して痛みに悶える坂田を放っておくことはできなくて、うらたは混乱しながらも彼に寄り添う。丸くなった背中を擦りながら、脇腹を強く押さえる手に自分の手をそっと重ねた。

「……もう、大丈夫」

数分後、坂田は起き上がってやんわりとうらたの肩を押した。

「なんか病気?  病院とか……」
「そういうんちゃうから。……怪我よ、ケガ」

言うつもりはなかったが、こうなった以上しょうがない。坂田はそんな考えでガバッと自身の服を捲りあげた。
脇腹には、確かに大きな傷跡とそれを縫合した縫い跡がある。

「まだ抜糸できてへんから時々痛むんよね」
「そう、なんだ……」

こんなに大きな傷、普通に生活していればきっと大きい事故か何かに合わない限り、一生つくことがないだろう。
改めてこの坂田が自分とは全く違う世界に居ることを悟り、うらたは静かに身震いした。

「ありがと、背中さすってくれて」
「え?  いやいや、こんなこと別に」
「……こうやってくれるだけでいいんやけどなぁ」
「え?」

坂田は、また寂しそうな顔をして、微笑んだ。

「俺の『うらさん』はそんなことしてくれへんもん」
「え?」

「もう、2週間も連絡が取れてない」

「な、なんでオルカは俺のこと避けてんの。そっちの俺なんかしたん……?」

うらたは、同業だった坂田とは「付き合っていた」と言った。何故過去形なのかと坂田が問い詰めると、「自分が彼を避けているから」と答えたのだ。

「何かした、か……。まぁ、されたと言えばされた」
「なにしたん!!?」
「ちょ、なんでお前そんな食い気味なの」

あまりの気迫に驚いたうらたは少し引き気味に尋ねる。

「や……俺も最近うらさんに避けられてるし、なんかしたんかなって思って……」
「そのヒントにしたいって?」
「だって、そっちの俺も俺とそっくりなんやろ?  それなら俺にとってのうらさんもオルカと同じ考えに……、ぁあ、頭こんがらがってきた」

頭を抱え、呻き声を上げながら蹲る坂田。かなり落ち込んでいるその様子に、うらたは自分にとっての彼を思い出していた。

「……あいつも、落ち込んでんのかな」
「ん?  なんか言った?」
「いや別に」

気まずそうに口を噤む。しばらく無言の時間が続いたが、捨てられた子犬のような目で坂田に見つめられ、やがてうらたは観念したようにため息を吐いた。

「俺、坂田に酷いことされたの」
「そっ、それなに!?  もしかしたら俺もうらさんに同じことを……ッ」

「命を救われた」
「……へ?」

「俺を庇って大怪我しやがった、あいつ」


───
──────

俺と坂田は別組織に属していて、ただ仕事を共にするだけの仲だった。

互いに信頼関係ができてきてからは、野暮用を頼み合ったり、仕事関係なく家に入り浸って一緒に食事をしたり。

相棒、なんて言葉が相応しい仲になっていたと思う。

俺の「オルカ」という名は優秀な殺し屋として業界内に知れ渡っていて、それ故に過度に恐れられたり媚びを売られることが多かった。

だが坂田はそんなことしなかった。あいつもまた優秀な殺し屋として、兄貴分の志麻と共に名が知れ渡っていたからだろうが……

俺にとっては、分け隔てなく接してくれる初めての存在だった。

「オルカ……ど、したん、その顔」
「さか、、ごめ、」

ある日。それは俺と坂田の関係が少し変わった日。
俺は任務で少しミスをしてしまい、任務自体は完了したのだがその途中で薬を盛られてしまった。

身体中が熱い。息をする度にビクビクと全身が震え、擦れる服が気になって仕方ない。

「びやく、もられた……ッ」
「っ!!」

坂田はその任務には一切関係なかったのに、俺は無意識に坂田の家に転がり込んでいた。

「さかた、さかたぁ」
「うらさんあかんって、ほら水飲んで……」
「抱いて、さかた」
「ッ……!」
「俺のこと抱けねぇのかよ、この野郎……!」

俺は男だけど任務ではおっさん相手にハニートラップを仕掛けることもあったし、セックスならどちらかと言うとネコ……え?その話はいい?  あっそう。

「ッ煽って、くれるやん……!」

どうやら、俺たちは体の相性が良かったらしい。

仕事柄、人間に対する恋愛感情なんかはよく分からない。でもその夜はお互いにとって良い性欲発散の機会になった。なってしまった。

「俺らさぁ、恋人でもいいんちゃう?」
「……コイビト?」
「そう、恋人」

何回かセックスを重ねたある日の夜。余韻でぼやっとしてる俺に坂田はキスしながらそう言った。

「あかんの?」
「ダメではないけど……」
「けど?」
「俺、あんま恋愛感情とか分かんねぇかも」

自分の体は、感情ごと全て『任務への武器』だ。相手の感情を利用したことこそあれど、自分の感情に向き合ったことなど今までになかった。

「付き合ってみたら分かるかもしれんで」
「そういうもん?」
「うんうん」

まあ、坂田がなりたいならいっか。
そのくらいのテンションだった。

どちらにとっても初めてのコイビト。職業柄、誰かを騙して偽りの恋人関係を結んだことはあるが、ホンモノは2人とも初めてだった。

「任務に支障が出ないならいっか……」
「うらさん、シャワー次どうぞ」
「ん」

立場上、外でデートとかはあまりできない。
でも任務がない時には、互いの家に行ってゲームをした。仕事の愚痴を言いながらピザを食べた。

そんな日常の中に、手を繋いだり触れ合ったりキスをする時間が追加された。セックスもまあ、それなりに。

正直、関係は上手く続いていたと思う。俺も坂田とコイビトでいるのが心地良かった。

そんな考えがひっくり返ったのは、少し前のあの任務のときだ。坂田、同業の志麻、情報屋のセンラとの合同任務だった。

「はぁ、はぁ……ッ、……チッ、」

端的に言えば、俺は罠に掛けられた。
俺たちの作戦がバレ、俺の方にばかり敵組織の人間が集まってきたのだ。坂田と志麻もおそらく足止めされていてすぐには応援に来れないだろう。

さすがに10人以上の敵をナイフ1本で相手にするのは骨が折れる。かわしきれない銃弾、ナイフの切っ先……。小さな傷でも、そこからの出血が多ければ意識は揺らぐ。

「っ……」

くらりと身体が傾いた。
視界の端に、こちらに向けられている銃口が見える。

─────これで終わりか。まぁ仕方ないな

焦りも、不安も、恐怖も、正直なかった気がする。
殺しの仕事に殺される覚悟がないやつはいない。俺も、死ぬ時はその時だろうという気持ちが常にあった。

だから、避けきれないと確信した瞬間……視界がスローモーションになった瞬間、ゆっくりと目を瞑ったのだ。

ドンッ!!

鈍い銃声。
同時に衝撃を受ける身体。

明らかに誰かに突き飛ばされたような感覚に、慌てて目を開いた。

「ぅ゙……あ゙、」
「……さか、た?」
「……っ、」

俺に覆い被さって脇腹に銃弾を受けた坂田は、俺の顔を見て、苦しそうに微笑んでから、

ぱたり、意識を失った。

「うらたさん!!  坂田!!」
「うらたん、ここは俺ら引き受けるから坂田連れて下がって!」

直後に志麻とセンラが合流しても、俺の脳はなかなか動き出さなかった。

坂田が俺のせいで深手を負った。絶望より先に、疑問が思考を埋め尽くす。

「なんで、?  おれ、なんかを……」

坂田は、5日ほど生死の境をさまよった。

「うらたん、少しは食べた方がええよ」
「……」
「おにぎりここ置いとくから」
「…………センラ」
「んー?」
「……。……ありがと」
「いーえ」

5日間、坂田のベッドの傍で考えていた。

俺はずっと1人で生きてきた。それは坂田と付き合ってからも変わらない。坂田もそういう考え方だと勝手に思っていた。

坂田は、文字通り命をかけて俺を守った。
正直、坂田がそこまで俺に執着しているだなんて、思っていなかったのだ。

「……やっぱ、ダメだよな」

こんな危なっかしい仕事だ。庇い合えばいつか共倒れする。俺のせいで、坂田が死んでしまう。

──────────離れよう。

坂田が目を覚ました日、そう決断した。

「あれ?  うらたさんどこ行くん」
「坂田も起きたから一旦帰ろうかなって」
「そっかぁ。またすぐ来てな?  坂田のそばにおったってや」
「……ん」

それから、坂田と、坂田を知る人物たちと一切の連絡を断った。家には帰らず、避難用に押さえていたアパートの一室に身を潜めている。

坂田と離れてから、もう2週間が経とうとしていた。

✧••┈┈┈┈┈┈••✧

「それでうらさんとは連絡が取れんくなって、どこにいるかも、無事かどうかも分からへん」
「さか……、殺し屋さんの目が覚めた時にはもういなかったってこと?」
「目が覚めたその時にはいたんよ。一旦自分の家に帰るって言われて、それっきり」

坂田は顔を顰め、脇腹の傷を撫でた。

「正直そのせいで最近あんま寝れへんし」
「殺し屋さんも不眠なんだ」
「……そっちの俺もなん?」
「うん。あいつ寝るのへたくそなの」

ふふっと微笑むうらたがなんだか目に毒で、坂田は静かに目を逸らす。

「うらさんの……オルカって名前は業界でも有名やし、もし死んだり誘拐されてたりしたら絶対噂になるはずなんよ。それがないってことは、うらさんは意図的に俺を避けてんねん……」
「坂田が怪我してからどっか行ったんだ」
「ほんま、話す場もくれんとかなんなん、本気でうらさんが分からん……」

坂田は頭を抱えた。はぁ……という深いため息は本気で悩んでいるようで、うらたはそんな姿に胸が痛む。

オルカというのは、別世界線の自分そのもの。だからなのか、うらたはオルカの行動をなんとなく理解出来てしまった。

「それ、罪悪感だと思う」
「え?」

向こうのうらた……オルカは、自分の気持ちを坂田に伝えてほしくはないだろう。しかし、目の下に濃い隈を付けて苦しそうな顔をする坂田を前に、何も言わないなんてことはできなかった。

「俺のせいで坂田が死んだらめちゃくちゃ……悲しくなる。申し訳なくなるし、俺のせいで坂田の未来が潰れたらどうしようって、不安になるよ」
「そんなの、」
「坂田と一緒にいたい気持ちより、坂田の未来を奪いたくない気持ちが強いんだよ」
「なんそれ、俺のこと好きじゃないん?」
「違う!  好きだから、坂田の未来を悲しいものにしたくない……」

坂田は話を聞いても納得できないようで、不満をもろ顔に出す。しかしうらたの悲痛な表情に、その言葉が嘘ではないことだけは分かったようだった。

あまりにも悲しそうな顔をするので、坂田はほぼ無意識にうらたに手を伸ばした。少し俯いたその頭を撫でてやりたいと思ったのだ。

少し腰を上げた時。

「ぃ゙ッ!!」
「え、ちょ」

また脇腹の傷がピリッと痛み、思わずその場に蹲る。先程の痛みよりもずっと鋭い痛みが坂田を襲った。

「大丈夫!?」
「だいじょ、ぅ゙……あ゙、、」

先程とは比にならないくらい苦しそうな坂田を見て、うらたは顔を顰めた。

「……そんな怪我させるくらいなら傍にいない方がいい」
「え……?」
「そっちの俺も、そう思ったんじゃないの」

坂田は一度唇を噛み締め、痛みに耐えながらも必死に言葉を紡いだ。

「こんな怪我、日常茶飯事なんよ。正直」
「でも……」
「だから俺はッ」

坂田は震える手で、うらたの手をぐっと握った。

「こんな風に、うらさんに傍にいてほしい」
「……!」
「それだけなんよ。ほんまに……それだけで」

言葉尻は弱々しく、そこで坂田の意識はふっと落ちた。

うらたの話を聞いた坂田は、眉間に皺を寄せていた。

「それで俺から……オルカにとっての『坂田』から離れたん?」
「仕方ないだろ」
「オルカは、そっちの俺のこと嫌い?」
「はぁ?  ちげぇよ!  大切な仲間だから…ッ」

そこで、うらたはぐっと息を詰まらせる。

「平和ボケしてるお前らと違って、俺らは死と隣り合わせなの。そんな世界で庇い合いなんてしてたら……」
「そんなん知らんよ。ただうらさんに死んでほしくないって、それだけやと思うで」
「でも、もし俺のせいで坂田が死んだら俺は……ッ!」
「っ違うやろ!  たとえそれで俺が死んだとしても、」

続きの言葉は聞けなかった。
その前に、ドンドンドン!!とものすごい音で玄関扉が叩かれたからだ。

「うぉわッ!?  え、なに」

ビクッと震える坂田に対して、うらたは坂田を庇うように前に出て、扉を睨みつけた。

「あの、クローゼットの中に隠れろ」
「へっ……?」

扉から目を逸らさないまま、オルカは部屋の隅のクローゼットを指さす。

「ドンドンしてんの、俺のお客さんだから」
「オルカの敵組織みたいな……?」
「……あの任務は、坂田の大怪我で撤退することになった」

突然出された自分の名前に、坂田は少し反応する。しかしその「坂田」がオルカにとっての彼を示しているのは明白だった。

「残党をいくつか逃がしたんだ。その時のやつらが俺を追ってる」
「なんでオルカなん……?」
「……まあ色々あんだよ。ほら早く隠れろ!」

ドンッと肩を押され、その力の強さに坂田はよろけた。しかし、何となくそのまま振り向く。この人を、オルカを置いていっていいのかと思いながら。

「早くしろ。まだ死にたくないだろ?」
「でも……」
「お前は大切な人のところに帰りたいんだろうが」
「……!」

脳裏に『彼』の顔が浮かんだ。「さかたっ」とはにかみながら自分を呼ぶ彼。

柔らかな、キス。

───俺がいなくなったら、あの人泣いちゃうやろうな。

「……ごめん」

坂田は急いでクローゼットに隠れた。
生きて帰らなければ。あの人のために。そう思うくらいには、坂田はうらたに好かれている自覚があったのだ。

「(でも……じゃあなんで、うらさんは俺のことを……)」

そんな思考を無理やり遮るように、激しい銃声が聞こえてきた。

「ようオルカ。この前はどーも」
「……どうやってここを突き止めた?」
「よく言うよ。こんなに分かりやすく痕跡残して……殺してくださいって言ってるようなもんだろ?」
「くはッ、まぁな」

殺し屋コンビ『しまさか』とオルカは手を切った。

そんな情報を界隈流したのは、オルカであるうらた自身だった。この仮の住まいにいるという痕跡を残したのもわざとだ。全ては、手薄になった自分を狙う輩を呼び寄せるため。

そうすれば、手負いの坂田への注意は逸れるはずだから。

「だが、いくら伝説のオルカ様でも多勢に無勢だろ」

破られた扉から乗り込んできたのは、両手で数え切れないくらいの手練たち。負傷している者がほとんどだが、その誰もが明確の殺意を持ってこちらを睨みつける。

「……俺は別に、死んでも良かったんだけどな」

うらたは一瞬クローゼットを見やって、すぐ敵に視線を戻した。

「たとえ死んでいたとしても、の続きが聞けてねぇからなぁ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!!」

家中に、男の叫び声と銃声が鳴り響いた。

⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·

「そばに居てくれればいい、か……」

脇腹の傷の痛みで気絶してしまった坂田を、うらたはなんとか寝室のベッドに寝かせた。こんなに痛くて苦しい思いをすることは分かっていただろうにそれでもこの坂田は『うらた』を守ったのだ。

「ひどい熱……」

妙に顔が赤いので坂田の首に手を添えると、じんわりと熱さが伝わってきた。体温計を使わずとも高熱であることがわかる。
うらたは流石に見ていられなくなり、近場の病院をスマホで調べ始めた。

「……なぁ」

そんな時、いつの間にか目覚めていた坂田がうらたに声をかけた。

「あんたは、なんでなん」
「へっ?」
「『坂田』のこと、避けてるんやろ?  ……なんで?」
「そ、れは……」

真っ赤な顔で、息を荒げながら、それでも坂田はその理由を聞いてきた。
うらたが殺し屋のうらたの……オルカの気持ちが分かったように、こちらの坂田と殺し屋の坂田も根っこは同じなのかもしれない。

「俺ら、普段は歌とか歌ってるんだけどさ。その、あるリハーサルの日に……」

気づいた時には、うらたはぽつぽつと語り始めていた。


───
──────

その日の俺は、声優の仕事の都合でうらしまのリハに遅刻してきた。思ったより前の仕事が長引いたので急ぎ足で会場の廊下を歩いていたところ、メンバー3人の話し声が聞こえてきたのだ。

休憩中だろうか。せっかくならこちらに歩いてきたところで驚かせてやろう。そう思って、廊下の角に身を隠す。

「それで、坂田はどうしたいん」
「んー……」
「お前がどうしたいか次第やろ正直」
「や、それは分かってんねんけどな……」

聞こえてきた会話は、悩む坂田に、志麻とセンラがなにやら鼓舞しているような内容だった。相談でもしていたのだろうか。
最近坂田から相談されたことはなにもなく、俺だけ仲間はずれな気がして少し寂しくなる。

「関係進めたいんなら、アタックするしかないやろ」
「黙っててもあの人気づけへんで」

関係を、進める……?
坂田に好きな人でもできたのだろうか。そう思うと、尚更相棒である自分に言ってくれなかったことが悲しくなった。

「俺は応援するで!」
「当たって砕けてこいや」
「砕けたらあかんやん……」

しかしその感情は、一気に吹き飛ぶこととなる。

「でも確かに、アタックせな気づかれんよな。うらさん、こういうの鈍いし」

え?俺?

突然飛び出た自分の名前に、声を漏らしそうになる口を両手で塞いだ。考える間もなく3人の足音はこっちに向かってきて、通り過ぎても、俺は角から飛び出ることなんてできなかった。

───────さかたが、おれを、すき?

その事実を知った瞬間、一番初めに訪れた感情は……

「……うれしい…………」

喜びだった。

この時の俺が坂田を恋愛的に好きだったのかどうか、今となっては分からない。もちろん親友としては大好きだったが、それが恋愛感情かどうかなんて正直考えたこともなかったから。

ただ、「坂田が俺の事を恋愛的に好き」だと知った時、確かに俺は嬉しかったのだ。

「っ、やばい、リハ室行かなきゃ」

ふっと我に返り、慌てて廊下を走る。仕事は仕事だ。ちゃんとしなきゃ。

その日のリハは、妙に坂田に目を奪われてしまってなかなか振り付けが覚えられなかった。

「おつかれー」
「ん、おつかれ」

ダンスをしている間に考え、坂田の背中を見て、俺は少しだけ冷静になっていた。

坂田がいちばん辛かった学生時代から隣にいた俺。活動の性質上恋人を作ることも、女性に恋をすることも許されない。

そんな時に、隣にいた、俺。

「うらさん、……ぇと、この後一緒にご飯行かへん?」
「さかた……」

覚悟を決めたような目の彼を見て、俺は

「ごめん、今日はちょっと早く寝たいから。また今度行こ!」

さかたから逃げた。

その晩1人で考えて出た結論は、「坂田はきっと勘違いしているだけだろう」だった。

坂田が俺を好きだなんて都合のいいことあるわけがない。俺しか目に入れられない環境で、相棒という唯一無二の立場を少し勘違いしちゃっただけだ。

じゃあ、相棒として俺に出来ることは?

「坂田を、正しい道に戻すこと……」

自惚れるなよ、俺。

そんな意志を持って、俺は坂田に今まで通り接した。友達として、親友として、相棒として。なにか真剣な雰囲気を醸し出されたらそっと逃げた。

そんなことを続けていた、とある日の飲み会の後。

「ふひっ、うらさんちきれぇ〜い」
「めちゃくちゃ酔ってんじゃんまじで」
「ふふ、うらさんこっち来て」
「いや先に水持ってくるから」
「来てよこっち!」
「うわっ!!」

珍しく1人で歩けないくらいべろべろに酔った坂田をそのままにできず、俺の家に連れ帰ってきた。……というか、こいつが「うらさんちに泊まる〜」と言って勝手にタクシーに乗り込んできたんだけど。

「ふふ、うらさんちっさぁ」
「殺すぞテメェ」
「んふ〜」

あぐらの中に俺を閉じ込めてぎゅうっと強く抱きしめられる。抜け出すことも出来ない。俺は色々諦めてため息を吐き、俺の肩にぐりぐりと頭を押し当ててくる赤い髪を撫でた。

「さかたさーん、俺風呂入りたいんだけど」
「ね、うらさん」
「なんですかぁ?」

「……ちゅーしようよ」

は、?

俺は瞼をめいっぱい持ち上げて、返事もせずに固まることしかできなかった。

「なに、いって」
「だめ……?」
「ダメとかいいとかそういうことじゃなくて、」
「ねぇ、俺うらさんとキスしたい」

頬に手を添えられ、坂田の真剣な瞳に見つめられる。酒が入っているから少し蕩けているその真紅は、それでもしっかりと俺を捉えていた。

「ぁ……」
「嫌やったら、突き飛ばして」

坂田の唇が近付いてくる。俺に抱きつく腕に力は入ってなくて、俺は逃げようと思えばいつでも抜け出せる状況だ。

突き飛ばさなきゃ。逃げなきゃ。坂田が道を外してしまう前に。はやく、動けおれ、はやく……ッ

「……んぅっ…………」

─────リップ音もしない、キスだった。

魔が差した、とはこのことを言うのだろうか。
1度だけ。こんなチャンスもう二度とない。坂田はきっと明日になったらお酒の力で全部忘れてる。

そんな心の悪魔の囁きに、俺はまんまと従ってしまったのだ。

「っ……」
「……へへ、やぁらか」

坂田はそのまま満足気に笑い、2回目はしなかった。

どうやってこいつをベッドに運んだのかは覚えていない。気づいた時にはもう朝で、ベッドを坂田に貸した俺はソファーに転がっていた。

「わんっ、わんッ」
「あき……おはよう」

ゲージの中で吠えまくる姫に朝ごはんを与え、ふと寝室の扉を見やる。するとタイミングを見計らったようにその扉が開き、俺は慌てて目を逸らした。

「おはよぉ、うらさん」
「お、はよ……」
「ふぁぁ……ねむ……」
「坂田あのさ、昨日のこと……」

きっと覚えていない。
そんな望みは打ち砕かれた。それは、坂田の表情と目で分かってしまった。

「嫌やった?」
「へ、?  ぁ、いや……」
「ちょっと強引やったよなって」
「いやじゃなかった、けど」

こういう時するりと嘘が出てこない自分を恨む。嫌だったって言えばそれで良かったのに。相棒に、親友に、戻れたのに。

「じゃあ、またしよーよ」

嬉しい、と思ってしまった直後に、罪悪感で消えたくなった。

それから、

「ね、うらさん」
「ん?  ……ちょ、待てここ舞台裏、んぅッ」
「っは……、誰もおらんよ」
「……」

坂田は、事ある毎に

「録音おつかれ」
「お疲れうらさん。……ん、」
「む、……あのなぁ」
「次俺行ってくる〜」

2人きりの、ふとした瞬間に

「映画面白かった〜!」
「続編も一緒に行こうぜ」
「誘ってくれてありがと、うらさんっ」
「んむっ、もう、急なのお前は」

ちゅっ、と一瞬だけキスしてくるようになった。

……いや、この言い方は良くないな。俺だってそれを拒まなかったんだから坂田のことは言えない。
坂田のキスは突然だったけど、いつも直前に俺の右肩に手を添えた。多分、坂田なりのキスの合図だ。「嫌だったら逃げて」と言ってるみたいに、唇を合わせるまでの間には不自然に空白を設けていた。

目を瞑って、受け入れたのは、俺だ。

「(あと1回だけ……)」

坂田とキスをするたび、そう思った。
次は断ろう。次は。つぎは……

「……ふふ、うらさんかわぃ」

断ったら、坂田のことを拒絶したら、
俺はこの笑顔を見れなくなるのだろうか、?

気がつけば、『キスフレ』と呼ぶに相違ないその関係はずるずると1ヶ月も続いていた。

永遠に自分に甘くなってしまった俺がその関係を終わらせる決心をしたのは、なんてことはないきっかけのお陰だった。

「あははっ、坂田さんおもしろいですね!」
「いやいや、センラには俺がいちばんおもろいって言われますんで」

とあるリハ日。廊下で、女性スタッフさんと楽しそうに話す坂田を見た。
もちろんその女性に坂田に対しての恋愛感情があるわけじゃないし、逆もないだろう。2人はただ、打ち合わせの後の世間話の中でふと笑いあっただけだ。

そんな2人をみて、俺は漠然と思った。

─────嗚呼、これが『正しい』だ。

坂田が女性と笑う姿が、正解に見えた。俺とキスする坂田は、不正解なんじゃないかと思った。

こんな関係、ダメだ。

ああそうだよ。認めてやる。俺は坂田が好きだったんだ。坂田が俺を好きだと知るずっと前から好きだったさ。

でもその気持ちを伝えなかったのは、押し込んで自分自身でさえ分からなくしたのは、それは間違いだと思ったからだ。
坂田は、女性と結ばれて幸せになるべきだと思ったから。坂田の喜ぶ顔を見たかったから。

坂田に、悲しい思いをしてほしくない。

「あれ?  うらさん何してるん、こんなところで」

だから、俺の、相棒としての役目は1つ。

「……自販機来ただけ。戻ろうぜ、坂田」

坂田を正しい道に戻してやることだけだ。

狭いクローゼットの中で、坂田は震えていた。
薄い扉の向こうから、聞きなれない音がいくつも聞こえてくる。ヤクザやら殺しやらとは無縁の生活をしてきた坂田にとって、銃声も男の雄叫び声も聞きなれないもの。

あのうらたが……オルカが殺し屋だということが、今更になって現実味を帯びてきた。

「(ここで死んだら、俺どうなるんやろ……)」

元の世界に戻った時も死んでしまうのだろうか。それとも帰れなくなるのだろうか。
そんなことになったら、『彼』はきっと悲しい思いをしてしまうだろうな。

「ぅ゙あッ……!」
「っ!  オルカ……?」

うらたの呻き声が聞こえた。真っ暗な中で聞く苦しそうな声もやはり彼そっくりだ。同じ人間だからと言われればそれまでだけど。

坂田は外の様子が気になり、少しだけクローゼットの扉を開けた。隙間から覗くと、まず目に入ってきたのは数々の男が倒れ伏している姿。どれもこれも屈強そうで、ごくりと唾を飲み込む。

「オルカは……」

恐る恐る目線を上げると、倒れている男たちのど真ん中で暴れ回っているうらたの姿が目に入った。

うらたの武器は右手に持った小型ナイフ1本。対して相手は複数人で、ハンドガンやらなんだかゴツい銃やら殺傷力の高そうなナイフでうらたに襲いかかっている。

「すっご……」

誰がどう見ても劣勢の戦い。それなのにうらたは、1人、また1人と敵を薙ぎ倒していった。

ただ、いくらうらたが強くても傷は増えていく。掠った攻撃で少しずつ傷ついていくうらたの身体を見ていられなくて、坂田はグッと目を閉じた。

自分の無力さが憎い。

「ッおらぁ゙!!」

叫びとともに、うらたが最後まで立っていた男を蹴り倒した。ふらふらと揺れる小さな背中を抱きしめたくて、坂田は堪らずクローゼットから外に出る。

その瞬間だった。

─────倒れている男のうちの1人が、うらたに銃を向けたのは。

「ッうらさん危ない!!」

それに気づいたのは坂田だけだった。

「はっ?」

突然の叫び声に目を見開いたうらた。坂田がその細い腰に飛びついた瞬間、重低音と共に銃弾が放たれた。

✧• ───── ✾ ───── •✧

「それが、あんたがそっちの俺から離れた理由……?」
「……というか、今距離をとってる理由」

坂田は痛む傷を押さえながらも、真剣にうらたの話を聞いていた。しかし、話を聞き終わった瞬間にギリッと奥歯を噛んで、

「、ざけんなッ!!!」

怒りのままに叫んだ。

「女と結ばれるべき?  正しい道?  なんなんそれ!!  俺はそんなこと望んでへんねん!!」
「でも、」
「あんたが俺から離れるために、それらしい御託を並べてるだけやろ!!」

うらたはぐっと言葉を詰まらせる。怒り狂った坂田の目はそれこそ人も殺しそうだったが、何故だか目を逸らせなかった。

「……その通りだよ」

うらたは、苦しそうに坂田を睨みつける。

「全部俺の自己満。俺が怖いだけだ」
「怖いって、何が」
「俺のせいで坂田が不幸になったら、悲しい思いをしたらって。そんな未来を想像するだけで、怖い……!!」

表面張力を保っていた涙が、耐えられず、零れた。

「……うらさん」

その涙に何を思ったのか。坂田は、蹲るうらたの肩に手を置き、そのままそっと両腕で包み込んだ。

「っ俺は、お前の"うらさん"じゃないだろ……」
「うん。でもほんまにそっくりや」
「……」
「俺のそばにいることで、俺が不幸になるのが嫌やって。……うらさんも、同じように思ったんやろなぁ」

悲しい未来なら逃げてしまいたい。最初からなかったことにしてしまいたい。
うらたの小さな背中を見た坂田は、臆病な『彼』のことを思い浮かべずにはいられなかった。

「ねぇうらさん、聞いて?」

彼が何に怯えているのかは分かった。何を恐れているのかもよく分かる。
でも、それでも坂田の意志は揺らがない。

「俺は、うらさんのために不幸になることはあっても、うらさんのせいで不幸になることはないよ」

そう言った坂田の表情は、『彼』そのものだった。

「さかた……。ありがと、おれ……っ」

自分を包んでいる彼を、抱きしめ返そうとした時。

ふわり、

「、え……?」

煙のように、彼が消えた。

「なぁ坂田。……並行世界(パラレルワールド)って、聞いたことある?」

噂に聞いた程度の言葉を彼に問う。
どんな反応をするのか見たかった、のも本当。

でも、純粋に気になったのだ。

『彼』に、聞いてみたかった。

「別の世界の俺たちは、幸せに結ばれてたりとか……するのかな」

……口には、出せなかった。

淡く切ない希望に、縋ってみたかっただけだ。

坂田が覆い被さってきた。と同時に、仕留め損ねていた敵の存在を認知したうらたは小型ナイフを投げつけた。銃を弾き飛ばされた男は、体力の限界が来たのかそのまま気絶する。

しかしうらたには、そんなことを気に留める余裕などなかった。

「さか、さかたッ!!」

銃弾はまっすぐこちらに放たれていた。にも関わらず、うらたには掠りもしていない。確実に坂田に当たったはずだ。

「ぉま、隠れてろって……!」

自分のせいで『彼』が怪我をした。目の前の坂田は、この前の任務で自分が傷つけた男と違うが、同じだ。
慌てて揺すっても動かない。じわり、視界が歪む。

「だから、だから嫌、だったのに」

はくはくと短く呼吸するうらたの背後で、

その命を狩り取ろうとする影が、揺れた。

─────バァンッ!

鈍くて、でもどこか軽い音。うらたはその音に聞き覚えがあった。

「いってぇ……まともに受け身も取れへんのか、向こうの俺は」

それは『彼』が、坂田が愛用しているワルサーPPKの銃声。
倒れ伏した坂田が、いつの間にか自分のよく知る坂田になっていた。

「さすがにこの人数相手やと加減分からんくなるよなぁ。まだ動けるヤツ何人かおるで、うらさん」
「……さか、」
「話は後。まずはコイツら片すよ」

その一言で、2人はお互いに背中を預けた。起き上がった男たちを、それぞれのやり方でもう一度地面に落とす。

全員が再び地面とキスするまで、2分もかからなかった。

「ふぅ。お疲れうらさ」
「さかたてめぇ゙ッ!!!」
「ぅおあッ!?」

振り返った坂田の胸ぐらに、うらたが掴みかかる。

「ばか、あほ、あほさかたッ!」
「いてて、ちょっ、さっき傷開いたからもうちょい優しく」
「俺がッ、どんな気持ちで!  お前の目覚めない5日間を過ごしたと思ってんだよ!!」

胸ぐらを掴んでいた手からは少しずつ力が抜け、縋るように拳が握られる。うらたは、とん……とその頭を坂田の胸に預けた。

「……俺がどんな気持ちで、うらさんのいない2週間を過ごしたと思ってんの」
「だって、俺のせいで」
「うらさんのせいじゃない。何があっても、俺から離れるとか許さへんから」

坂田がうらたを抱きしめる手つきは優しかったが、その表情は怒りが現れていて険しい。そんな表情を見て、うらたもむっと坂田を睨みつけた。

「お前さぁ」
「頷かんかったらこのまま気絶させて連れて帰るで」
「こっわ……」

こうなったらどう足掻いても折れないであろう坂田に、うらたは深くため息を吐いた。

「お前、殺し屋のくせにそんなに俺に執着してたらいつか死ぬぞ」
「大丈夫やって」
「大丈夫そうに見えない……」

呆れ返るうらたに対し、坂田はふっと微笑んで耳打ちした。

「俺はな、うらさんの為に─────」

その言葉を聞いて、うらたはふいっと目を逸らす。

「もっともらしいこと言いやがって」
「嘘はついてへんよ?」
「……お前、これ以上俺に執着される覚悟できてんの?」

好戦的な笑みを浮かべたうらたに、坂田は目を細めて笑った。

「望むところや」

どちらからともなくキスをする。
目の前の彼に、ついさっきまで顔を合わせていたそっくりな面影が少しだけ重なった。

「俺と一緒じゃ、悲しい未来が待ってるかも」
「別にええよ、それでも」

繋いだ手は、当分離れそうにない。

✧• ───── ✾ ───── •✧

うらたが坂田を抱きしめた瞬間、その体はふっと消えてしまった。まるで先程まで喋っていた坂田が幻覚だったかのように、そこにはなにもない。

「さかた……?  さかたッ!?」

うらたは家中を探し回ったが、殺し屋の坂田の姿も、もちろん自分が「さかた」と呼ぶ彼の姿もなかった。

「ゆ、め……?」

今までのはタチの悪い夢だったのだろうか。しかし、そんなはずがないことを、飲みかけのマグカップが静かに語っていた。

「さかた、は」

殺し屋の坂田はもしかしたら自分の世界に帰れたのかもしれない。じゃあ、自分にとっての『彼』はどうなったのか。
もし、本来殺し屋の坂田がいる世界に飛ばされていたら?  あの脇腹の怪我のように、酷い目に合っているんじゃないか。

どくどくと心臓が鳴る。次々に浮かんでくる最悪を必死に振り払って、震える手で彼に電話をかけた。

『───おかけになった電話番号は……』

「っ、くそ……!」

うらたはスマホだけを握りしめ、衝動のまま家を飛び出した。

「さかた、さかたさかた……っ」

タクシーを捕まえ、坂田の家の住所を告げる。車内でも何度も電話をしたが繋がらなかった。

そんなことをしている内に、坂田が暮らすマンションへ到着した。オートロックの前まで走り、ダメ元で坂田の部屋番号を打ち込む。うらたは、坂田の家の鍵など持っていなかった。

ザザ、とノイズが聞こえる。

『は、はーい』

それは聞き間違うことなどありえない、彼の声だった。

「さかた!!  おま、え……っ」
『うらさん!?  なっ、なんで』
「なんでじゃねぇだろ!  俺ずっと電話掛けてたのにッ」
『ぁ、ごめ、充電忘れてて……今充電中で……』

何事もなさそうな坂田の声に、うらたは安堵してその場にしゃがみこんだ。坂田に『とりあえず部屋来てや。迎え行こうか?』と聞かれたか、それには首を横に振る。自分を迎え入れるように開いたエントランス自動ドアを、1人でくぐった。

「うらさん、いらっしゃ……っわあ!?」
「っ……」

元気そうな坂田の顔を見た瞬間、うらたはそのまま彼に抱きついた。その手はなんとなく、殺し屋の彼が怪我していた脇腹に伸びる。

「怪我、してない?」
「へ?  ……だいじょーぶやで」
「……お前がどこかに行っちゃったんじゃないかって思った」

玄関で靴も脱がずに抱きついてくるうらたに、坂田は少なからず動揺していた。しかし、今することは彼をリビングに迎え入れることじゃないだろう。
坂田は、そっとうらたの背中を包み込んだ。

「……どこかに行こうとしてたのは、うらさんやろ?」
「っ、」
「最近 俺のこと避けてたやん」

坂田は、逃がさないというようにうらたの肩を押さえた。しかしその手に力はあまり入っておらず、うらたの方も逃げようとはしない。むしろ、坂田の服の裾をぎゅっと掴んだ。

「むりだった」
「え?」
「離れるなんて、俺の方がむりだったぁ……」

静かに、雫が頬を伝った。坂田は突然のことにそのまま固まってしまう。

「さかたのこと、すき」
「……、へッ!?」
「でも、俺のせいで坂田が不幸になるのが怖い」

うらたは、自分の弱みを他人に見せることが苦手だ。
自分が恐れていること。不安に思っていること。全てをさらけ出す勇気をなかなか持てずにいた。

今だって、手の震えが止まらないのだ。

「……ねぇ、うらさん」

坂田の目には、少しだけ向こうの彼の面影が重なって見えた。

───もし俺のせいで坂田が死んだら俺は……ッ!

どの世界に生きても、君の臆病さは変わらないらしい。

「もし、もしよ?  俺がうらさんを庇って怪我したとするやん」
「え?」
「例えば……俺もうらさんも殺し屋で、俺がうらさんを庇って銃で撃たれちゃったりとか」
「……」

本当は、あの彼にも伝えたかったこと。
言い切れなかったその言葉は、きっと彼にとっての自分が言ってくれているだろう。

「もしそうなってもな、それはうらさんのせいじゃないんよ」
「でも……」
「あのね、」

君は怖がりな人だから、きっと全ての不安を払拭して安心させることは出来ないけど。

「うらさんの為に死ぬことはあっても、うらさんのせいで死ぬことは無いよ、俺」

頬に手を添えて、そのままキスをした。
それは今までのような触れるだけのキスではない。お互いの温度を確かめ合うように、ゆっくりと時が流れる。

坂田は、初めて彼がこの口付けを受け入れてくれた気がした。

「もしかしたら、俺といることで悲しい思いをさせるかもしれない」
「……」
「俺も、悲しい思いをすることがあるかも」
「っ!」
「それでもね、」

──────── 一緒にいたい。

隣に、傍に、いてほしい。
願うことはそれだけだ。

本当に、それだけ。

「俺と一緒に、その先に進んでくれますか?」

どんな未来が待っているとしても、2人なら怖くない……だなんて、綺麗事を言うつもりはない。

どんなに怖くても、どんなに悲しくても、一緒にいたい。それだけだ。

「さかた……」

承諾の言葉はなかった。

初めてうらたから落とされたキスが、答えだった。

「離れたら、許さないから」

どこかに咲いたヒヤシンスが、人知れず風に揺れた。

fin

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